「食」の反科学陰謀論をまとめてみた~安全な科学的事実に対して何が何でも叩く人達~
料理研究家のリュウジ氏が前々から陰謀論界隈から目の仇にされていた。曰く「神経毒で遺伝子バクテリアを使用している味の素のスポンサーで悪魔崇拝者!」だそうだ。
その証拠は「アボカド丼の卵黄がプロビデンスの目(神の全能や理性の象徴だったが近年では秘密結社の象徴となった)で、コルナ(牡牛を表すジェスチャーで1960年代にサタン教会が儀式として流布した)を行っているから!」だそうだが、どれも近年現れた言説なのが面白い。
他にも、人をダメにするや悪魔的と言う表現が気に食わないようだ。こここからはそんな「食」に関する反科学陰謀論を紹介する。
デマ発言が大半の反慣行農業~農薬と遺伝子組み換え作物はグローバル大企業の陰謀!?~
最初の「食」に関する陰謀論は農業に関する反科学陰謀論で、具体的には農薬や遺伝子組み換えやゲノム編集作物を異常なまでに敵視し、やたらと胡散臭い自然農法を推し進めている連中だ。
現在において遺伝子組み換え陰謀論界隈のアイドル的存在と言えば、フランスカーン大学で内分泌の分子生物学専門のジル=エリック・セラリーニ教授で、2012年2月に「GMトウモロコシを2年間にわたってラットに与えると乳癌、脳下垂体異常、肝障害等になった」とする論文を発表した。
ラットの寿命にである2年の期間でこうした長期試験は殆ど行われた例がなく、「遺伝子組換えの有害性が明らかとなった」とEU内のメディアの多くが報じたが、多くの研究者は「実験が様々な条件を満たしておらず、信用に値しない」と今回の論文を疑った。
その論文には成分組成や貯蔵方法や有害物質の含有量や各々のマウスがどれだけの量を食べたかも不明、発癌性を検討する試験において1グループにおけるラットの数は最低50匹必要なのがこの実験のラットの数は僅か10匹だった。
また、セラリーニ教授は論文を見せる条件として第三者に取材しないことを条件にした。
結果は、この論文を発表した雑誌が「不正行為やデータに関する故意の虚偽表現の証拠は見られなかったが、実験群の数や実験に使われたラットの系統が元々腫瘍を発生しやすかった点の両方に関し、懸念すべき正当な理由がある」と撤回した。
セラリーニ教授は「モンサントに以前勤めていたリチャード・グッドマンが携わっているせいだ!」と非難したが、当のグッドマン氏は「データを調査及び論文の掲載や撤回の決定には関わっていない」と否定されている。
これ以降のセラリーニ教授は「バイオ大企業の不当な弾圧に立ち向かう学者」として活動していく。2014年に別の雑誌にほぼ同じ内容で論文を提出し、「我々は不当な弾圧には屈しない!」と強気の態度を取った。
この論文では新たに6ページに渡るセラリーニ教授のコメントがついており、「動物を使った長期影響試験が義務付けられていないことを強調したが理解されていない!」「腫瘍の兆候があると言ったが癌になったとは言っていない!」「(前回の論文撤回は)産業界の利害、圧力が働いたのは明らかだ!」等と論文の正当性を主張していた。
そして、世界中の公的な安全性審査機関や毒性学の専門家が科学的な見地から論文を否定してきたが、「試験を否定するなら同じ条件で追試すべきだ」との意見も多く出た為、同じ2年間の期間で公的資金による透明性の高いプロセスのもと大規模な追試が複数行われた。
特に2014年4月~2018年4月に行われたG-TwYSTでは、論文と同様のGM作物でOECD(経済協力開発機構)や EFSAの定める試験手法で安全性試験を行った。また、ラットが腫瘍が非常に発生しやすい系統等のセラリーニ教授側の問題を取り除いた上での試験の結果、健康へのリスクは認められなかった。
農薬では2015年にWHOの下部組織であるIARCが、除草剤ラウンドアップに対して発癌グループに指定したことで、反農薬陰謀論者と弁護士がお祭り騒ぎとなっていた。
特にアメリカでは、IARCの評価が発表された直後に弁護士事務所がラウンドアップを使用したことがある癌患者に、TVでCMを使って訴訟に参加することを呼びかけた。
翌年の2016年10月の呼びかけに数万人が応募し、2018年3月に判事は原告・被告双方の推薦する科学者の意見を聞いた結果、癌との関係は無視できないと判事は判断した。その後も製造元のバイエルン社はグリホサートで癌になったと主張する裁判で負け続けていく。
IARCが定めた発癌性グループ2Aは「2番目に危険度が高い」ではなく「発癌性が疑われると結論付けた論文がある」と言うのが正しく、またこの分類は飽くまで論文があるだけなので、牛や豚や羊や馬等のレッドミート、65度以上の熱い飲物、フライドポテトの油脂、野菜炒めやカレールーの油脂等も含まれている為余り当てにしない方が良い。
2Aなのは非ホジキンリンパ腫の発生、動物実験での発癌性、DNAや染色体への損傷・酸化ストレスが見られたらしいが、リンパ腫はEPAやEFSAの調査から裏付けとなるデータが不十分な事、動物実験は癌細胞の種類や発生した臓器はグリホサートの有無に関わらず毎回バラバラで発生し細胞数も自然発生の場合と差がなかった事、DNAと染色体の損傷及び酸化ストレスも根拠として採用した論文が「独自の実験法」で採取したデータしかなく当てにならないとかなり酷い。
厄介な事にIARC内部には反慣行農業活動家と繋がりのある人物が多いようだ。例えばグリホサート評価委員会のアーロン・ブレア座長が、ラウンドアップ裁判の原告側の弁護士事務所からコンサルタントを時給5000ドルで務めていたり、ラウンドアップ裁判を巡る恐喝罪で有罪判決が下ったリッツェンバーグ氏からもお金を受け取っていた事、交流のあるオーガニック業界出身の反農薬GMO団体員のキャリー・ギラム氏がリッツェンバーグ氏の訴訟広報に協力していた事、反科学的環境団体の「環境防衛基金」の上席研究者であった事が発覚した。
また、IARC特別顧問のクリストファー・ポワティエ氏は、弁護士事務所がグリホサート訴訟希望者を募集していた時期に、2つの法律事務所の訴訟コンサルタント最低16万ドルで務め、それを秘密にする契約を結んでいたことが発覚した。
ポルティエ氏は「グリホサートに関する仕事で1セントも受け取ったことはない」と主張したが、2017年10月にタイムズ紙は法律事務所から2000万円相当を受け取っていた事、環境防衛基金からも支払いを受けている事を報道した。他のグリホサート評価委員会の作業部会に入っていたメンバーも原告の弁護士事務所から一定程度高額な報酬を受け取っていたようだ。
反食品添加物・反精製塩の恐怖~添加物と精製塩は万病の素!?~
お次の「食」に関する反科学陰謀論は食品添加物と一部調味料で、最初はMSGについて語っていく。この陰謀論が広がったのは1970年代アメリカの中華料理店で頭痛や顔の火照り等の症状が起き、それが「中華料理店症候群」としてニューヨークタイムズで紹介されたことで社会問題となった。
1969年にジョン・オルニー博士がサイエンスにて「新生児のマウスに大量のMSGを注射すると脳視床下部神経が破損する!」と言う論文を発表し、博士は「ベビーフードの使用を中止すべき!」と訴え、ニクソン大統領の栄養問題対応顧問のメイヤー博士が全米婦人記者クラブにて使用を禁止する勧告を行ったことで世界中で規制の流れとなった。
ただこの論文には経口摂取ではなく直接注射、人に換算すると30~240㎏と異常な量、主観的な感覚を除外する方法で調べたり二重盲検法を用いて調べるものがない問題があった。
現に日本化学調味料工業会は論文発表後に「日本では加工食品を含めても2g経口摂取しているに過ぎない」と見解を発表した。
アメリカでは、MSGで障害が出たことある130人の被験者を用意して「MSGに対する反応の疑いと 二重プラセボ対照研究の結果。」と言う実験を行った。最初にMSGを摂取させると50人が症状を出て、その後プラセボを摂取させる実験を行った結果は19人はMSGとプラセボの両方で反応したが、なんと17人はプラセボだけで反応した。
また、MSGの量を増やしていくと重症化したが、被験者の料理にMSGを加えてる事を伏せた上で摂取させると症状が殆ど出ないことがわかった。更にはMSGを摂取した人々の反応は一貫しておらず、同じ人が同じ条件で再びテストされても違った症状を訴えた。
そして実験の結果MSG摂取と中華料理店症候群の直接的な因果関係を確立することは 困難であると結論付け、論文にまとめた。
MGSの有名なデマとして「遺伝子組み換え細菌を使用している!神経毒だ!」という物がある。確かに2009年から生成効率を高めるため遺伝子組み換えを行っているが、微生物そのものを食べない事、従来から生産されている物と比較しても非有効成分の量が増加しておらず新たな非有効成分もない事が判明した結果「遺伝子組換え微生物を利用して製造された添加物のうち、アミノ酸等の最終産物が高度に精製された非タンパク質性添加物の安全性評価の考え方」に基づき安全性が確認された。
また、遺伝子組み換えバクテリアはチーズを固める発酵生産キモシンという形で世界中の60%で使われている。
元々は屠畜した反芻動物の幼体の第4胃から抽出した動物性レンネットが使われていたが、欧米では利便性や動物愛護の観点から第4胃の遺伝子を微生物に組み込んだ発酵生産キモシンに取って代わられている。
一方日本では動物性レンネットと微生物性レンネットが多いようだ。
神経毒に関しても、FAOとWHOの合同食品添加物専門家会議(JECFA)でマウス以外にラット、ハムスター、ウサギ、イヌ、サル等の新生児を用いて59の実験を取り上げた。
結果はMGSの神経障害は血液中の濃度と関連する事、反応はマウスが一番高くサルが一番低い事、人間では1kgの体重に対して150mgを一度に摂取しても障害を引き起こす血液濃度には至らない事、消化の過程で分解され血中に大量に入らない事、人間の小児でも消化する能力は成人と同等である事から「神経毒性は食事による摂取条件では発生しない」と評価した。
次は反精製塩に関する話だが、「自然塩」と言う呼称は食用塩公正競争規約から適格ではないと判断されている。それは定義が曖昧な為岩伯方の塩の様な塩に苦汁を加えた再加工塩でさえ名乗っていたからで、再加工塩には陰謀論者が嫌っているアジシオも含まれている。
また、ミネラルたっぷりや健康美容に効果がある等の表現も健康増進法や薬事法等の複数の法律に引っかかる為適切ではないようだ。
そもそもこの呼称が出て来たのは専売制度があった時代まで遡る。それまでの日本では塩鉱や塩湖がなかった為、藻塩や揚浜式や入浜式や流下式等の塩田がポピュラーだったが、太陽や風で乾燥させる天候頼みの為安定しなかった。
そこで日本は海水に電気を通して塩分濃度を高めるイオン交換膜製法を発明し、1971年に「塩業の整備及び近代化の促進に関する臨時措置法」により全国の塩田が廃止された。
それに対して「世界でも食用にした前例がなく、安全性が十分に確かめられていないものを強制される」と疑念を抱いた一部の消費者が自然塩存続運動を起こし、専売公社の塩を「化学塩」塩田の塩を「自然塩」と分けたのがこの呼称の始まりで、中心として活動していたのは後に伯方塩業の創業に尽力した日本自然塩普及会の菅本フジ子氏だった。
その後海外から輸入した塩で作り、袋のデザインや文言の変更を専売公社の確認をする事等を条件に国から生産販売委託の認可がおりた。
現代では純度の高い塩は嫌われているが、明治時代では寧ろ苦汁が少ない「真塩」が珍重されており、苦汁で嵩増しした「差塩」から如何にを抜くかが重要で、塩分濃度も70~75%程でベトベトした塩が大半だった。
また、世論やマスコミでも「合理化が遅れている為輸入塩より高い」「少数の塩業者のせいで多額の赤字」とかなり叩かれていたが、塩存続運動の際は一転して「工業優先」「薬品と化した塩」と純度の高い塩を問題視するようになった。
実はミネラルの差は塩によってまちまちで、例えば岩塩は産地によって純度が違っている。引用しているポストの塩の様に透明だったり、再結晶した岩塩は精製塩と変わらない純度となっている他、食用ではない岩塩にはヒ素や水銀等の有害物質が混じっている物もある。
また、「海水の天然塩はミネラルが含まれているので精製塩とは違う!」というポストが偶に見かけるが、これも伝統的な製法で作ったとしてもミネラルの量は最大で10%程で体内だと誤差に等しい数値となっている。
最後に「自然塩の摂取に限度はない」と言う言説があるが、塩化ナトリウムの致死量は体重60kgのヒトの場合30~300gでそれは天然であろうと精製であろうと変わらない。
また、過剰摂取すると食塩中毒になる可能性があり、症状は初めに口渇感・頭痛・嘔吐・発熱・下痢等で、徐々に意識障害をきたし、死亡率は50%と意外と高い。細胞内が「脱水」の状態になることが原因と考えられており、病院では一度に沢山の輸液や血液透析を行いナトリウムを体外に排泄させたりるという治療方法が行われている。
そもそも毒は量の問題なので、どれだけミネラルが入っていようが主要成分が塩化ナトリウムである限り大量に摂取は流石にダメだろう。
反小麦と反牛乳の衝撃~洋食はアメリカの陰謀!?~
最後の「食」に関する陰謀論は小麦と牛乳に関する陰謀論で、特に反小麦は参政党が盛んに取り上げている。参政党は発起人の神谷宗幣氏が「日本の伝統食に戻す」と掲げているが、その伝統食の実態はかなり偏った内容で農業と食料の専門家である浅川芳裕氏から「意味不明で論評できない」と言われてしまう程だ。
例えば神谷氏は「粉モン文化は戦後アメリカから作られただ!」と豪語しているが、明治時代に天ぷらのパロディとしてお好み焼きが、大正時代にソース焼きそばが既にできていた。
また、元参政党員の吉野敏明氏は「小麦粉はメリケン粉、つまり戦後アメリカからの余剰作物の名残で戦前には存在しなかった!」と自慢げに語っていたが、実際は明治時代から使われていた言葉でアメリカを含めた外国の機械で引いた小麦粉と日本の石臼で引いた小麦粉を区別する為に誕生したのだった。
それに対して参政党は「食べるのを減らそうと言っているだけで印象操作だ!」と屁理屈染みた主張をしている。
小麦粉の歴史を見てみると、弥生時代の中末期頃には大麦と共に畑で作られており、4世紀の大和王権時代には米や粟や稗と共に主食とし、8世紀頃では朝廷が小麦や大麦の畑作を奨励し万葉集にも登場した。飛鳥時代になると中国から麺が、鎌倉時代に饅頭が、室町時代後半にはカステラや金平糖等の南蛮菓子が、江戸時代では回転焼きや鯛焼きができた。
室町時代末期に宣教師がパンを伝えたが、外国からの来客用だった。日本向けに作るようになったのは幕末からで、現代で言うレーションの役割が強かった。明治時代になると、1872年銀座にて木村安兵衛が酒饅頭をヒントに作ったあんパンが大ヒットする。
そして、前述通りお好み焼きやソース焼きそばが誕生したが、それは大阪でも広島でもなく東京の浅草だった。他にも広東料理を基にラーメンも浅草から出て来た。
ただ、明治~昭和の粉もんやパンは主に都会で食べられていた「ハイカラ」な食べ物だった。それが農村部まで広まったのは戦後にアメリカの余剰小麦の影響があったのは事実だが、参政党が言うトンデモ発言に合わせると米も禁止せざるを得ない。
何故なら米は縄文時代晩期に中国南部又は朝鮮半島から伝来した作物で、東北や北海道で冷害の影響を受けず安定して米が取れるようになったのは機械化や品種改良が進んだ戦後からだからだ。
他にも「遺伝組み換え小麦を買わせる為だ!」というデマもあるがアメリカ政府はGM小麦の商業生産を認めておらず、唯一承認しているのはアルゼンチンの旱魃耐性品種「HB4」で開発元はBioceres社となっている。
しかもFDAは「HB4の安全性を認めているが、この品種やその他のGM小麦の生産を認めるものではない」と輸出市場にアメリカでGM小麦生産解禁と誤解されることを避ける為に態々言及もした。
更に以外かも知れないが、現在主流の小麦は元を辿れば日本の小麦の子孫で農林10号と呼ばれる品種だ。最大の特徴は背が余り高くない事で、その結果台風や風雨によって倒伏する被害が少なかった。それをGHQの農業省天然資源局のS.C.サーモンが有用な種として戦後米国に持帰り、アメリカの育種家が様々な育種を作った。
また、ノーマン・ボーローグは農林10号とメキシコ品種の交配から作った小麦は奇跡の麦と呼ばれ生産性向上に大きな貢献を与えた。
牛乳においては様々なデマが出ているのが一挙にまとめる。1つめは「骨粗鬆症になる」というデマで、国内・海外の骨粗鬆症財団やWHOからその様な報告は全く無く、寧ろ成長期では骨量が増加・中高年期では骨量減少が抑制され、日本人の若年女性を対象とした試験結果ではカルシウムの吸収率は小魚33%、野菜19%、牛乳40%と牛乳が多い。
それと関係している「牛乳・乳製品の生産・消費の多いアメリカ、スウェーデン、デンマーク、フィンランドで骨折や骨粗鬆症が多い」というデマも身長が高いほど重心が高くなり骨折リスクが高くなる、日照時間の少ない地域だろカルシウムの体内への吸収量が減少する、運動が少ないと骨折しやすくなる、野菜と果物の摂取量や肉の過剰摂取等他の原因の方が大きい。
2つめは「薬漬けで満身創痍の牛から搾られている」というデマで、日本では牛舎の中で繋がれて飼われている牛が多いことは事実だが、薬を常時投与されて病的な状態の牛などというのはまったくの誤解だ。
飼料では反芻動物の健康を考えて牧草と穀物をバランス良く調合したものを与えており、好きなときに餌を食べ、好きなときに水を飲む生活を送っている。
抗生物質に関しても乳房炎や肺炎等に罹った時や怪我をした時に治療の為に投与することは認められているが、「乳等省令」という法律で規制されている為、飼料への添加は禁止されている。また、乳に抗生物質が残留している期間は決して出荷しないよう定められ、輸入粗飼料を使う場合は国の厳しい検査をパスしたものみ与えられ、生乳は酪農家から出荷される時と工場で受け入れる時に毎回検査を行ったりしている。万が一抗生物質が検出された場合は集めた生乳全て廃棄処分され食卓に上ることはない。
3つめは「市販の牛乳には『女性ホルモン作用』がある」というデマだが、100種類の市販牛乳にて3種類のエストロゲンの含有量を調べた結果、遊離体はエストロンのみが0.014 ng/g、硫酸抱合体となっているエストロンは0.088 ng/g、グルクロン酸抱合体となっている17α-エストラジオールが0.011 ng/gと極微量だった。
仮に500mL飲んだ場合に血中濃度がどれくらい上がるのかを計算してみると、遊離体のエストロン量は2.5pg/mL、抱合体のエストロン量は16.7pg/mL、両者合わせて19.2pg/mL、全てをエストラジオールに換算しても11.9pg/mLで男・女のエストラジオール正常値を越えていなかった。
似たようなデマに「IGF-1(インスリン様成長因子)が含まれているので離乳期を過ぎた人間は飲んではいけない」があるが、大豆を食べてもIGF-1の血中濃度の上昇がみられ、加熱殺菌工程で活性を失い、消化管酵素によっても分解されて無害となってしまう為恐れる必要がない。血中濃度の上昇レベルも13.8 ng/mLと特に問題になる量ではなかった。
また、そこから飛躍して「乳がんの原因になる」というデマも拡散されているが、上記の通りIGF-1は加熱殺菌と消化管酵素で無害となり、エストロゲンも同様に体内で消化吸収される段階で代謝・不活化されることが分かった。
仮に微量のエストロゲンを摂取したとしても癌のリスクは高まらないようだ。フランス食品環境労働衛生安全庁も「乳由来のIGF-1のがん増殖リスクへの寄与度は、仮にそれが存在しても、低いと考えられる」と結論づけている。
具体的には口から摂取したエストロゲンは腸で吸収された後、血液と共に全身に運ばれる前に肝臓で分解され、血中濃度に反映される量はごく少ない量になる。
また、ホルモン補充療法などで処方されるエストラジオール製剤は閉経後の女性が毎日1mg28日間飲み続けて標準的な血中濃度になるが、牛乳に含まれるエストロゲンでこの量を補う場合は毎日1万lも飲まなければならない為非現実的だ。
他にも、登録者の総数が100万人以上の大規模メタ解析においても相対危険度は0.90 で1より小さい値で、「日常的に牛乳を摂取する食生活において心配することは何もない」という結論が出た。
4つめのデマは「日本人の殆どは牛乳を飲むとお腹を壊す」で、確かに乳糖不耐という牛乳を飲むとおなかにガスがたまる、ゴロゴロする、下痢をするなどの不快症状が現れる人もいるが、乳糖の摂取量と下痢発生に関する試験で牛乳700mL相当する乳糖30gを摂取しても発症しなかった。
また、1,200mL相当の60g摂取すると50%以上の確立で下痢をするが、一度にそんなに牛乳を飲むのは現実的ではない。また、15歳以上の男女10,000人を対象とした症状の自覚を持つ人についての調査で、「いつもそうなる」人は7%「いつでもではないがなる」は13%「たまになる」は29%だった。
これまで乳糖不耐のメカニズムは、小腸に存在するラクターゼ活性が低い為乳糖が小腸で消化されずに大腸へ運ばれ大腸内の有害菌に利用されて多量の酸やガスを発生するため腹痛や下痢を起こすと考えられてきたが、大腸に存在する乳酸菌やビフィズス菌等の有所謂善玉菌が多い人では乳糖が良く分解されて不快症状が出にくい事、最終的に腸管内で分解され、乳酸や酢酸や酪酸などの安全な代謝物となって吸収されていく事が分かった。
他にも、牛乳を少量から徐々に増やして飲み続けることによってお腹を壊さず飲めるようになるという結果の臨床試験で報告された。具体例としては、乳糖不耐と診断された32人に医師による指導のもと少量の摂取から始め、約40日後には29人が200mL程度飲めるようになったり、乳糖不耐のアフリカ系アメリカ人を対象とした研究で乳糖を含む乳製品を6〜12週間にわたって摂取し続けることで、不快症状が改善したようだ。
更に乳糖はビフィズス菌や乳酸菌の優れた栄養源になり、腸内細菌のバランスにおいてそれらが優勢となれば健康増進につながることが期待できる。そして乳糖は乳酸菌やビフィズス菌によって乳酸や酢酸に、その他腸内細菌によりプロピオン酸や酪酸に変わり、これらの代謝産物で腸内環境の改善に寄与するプレバイオティクスの一種のようだ。
おまけ 陰謀論を広めたのはヤバい医者と油忌避運動
ここからはおまけで、「食」に関する陰謀論を広めた大本について解説する。それまでも平安時代以降の日本では、野鳥や猪や鹿等の野生動物は兎も角、独特の文化圏である琉球や一部の藩や都市部を除くと家畜の肉は忌避されたが、最近の食に関する陰謀論は真弓定夫氏の影響が一番大きいだろう。
彼はマクロビオティックから発展したトンデモ医学に精通しており、代表なのは「砂糖は化学式だから食物ではない!」や「米国が乳業会社を儲けさせるために、牛乳を飲むことを普及させた!」や「経皮毒で羊水からシャンプーの匂いが!」等が有名だ。
更に最近の「食」の陰謀論者は「油脂を使った食事を広めたのはGHQで小麦や牛乳等と一緒に癌の原因となる!」と言うトンデモ陰謀論を広げる勢力が出て来た。日本において油脂を使った食事が初めて入ってきたのは奈良時代だが、油の主な用途は肥料や灯りや美容品で、料理に関してはそれ以降を含めても飽くまで都市部や精進料理で使われた程度だった。
その為日本では他のアジア諸国と比べると香辛料の使い方が控えめだったとも言われている。現に本格的にスパイスを扱う料理が家庭に出てくるのは戦後の高度経済成長期頃だったとされる。
戦後油が多く使われるのは終戦後のカロリー不足や戦後直ぐの農村では、時期に取れた食物ばっかりを使い、それを大量の白米と共に食べるのが油脂食が農村部まで広がったのはで問題視された。そこで、栄養改善普及会が「一日一食フライパン運動」を起こした。
当時会長だった近藤とし子氏曰く「同じ分量でも米が4カロリーのところ、油は9カロリーです。それに気づいたとき、私は『油ってすごい!』と思った」そうだ。
そして全国さまざまな場所でフライパンと油を使った料理の普及に努めたが、地域によってはフライパンの存在を知らない人が大半だったりと大変だったようだ。また、きんぴらごぼうやうの花の油炒りやひじきの炒め煮等の料理も「発掘」されたのもこの時代だ。
最後に「食」に関する陰謀論の問題点は「戦後アメリカから大量に買わされた食用油と小麦粉を消費するために書き換えられたのが今の食文化」や「将来3大疾病が不安な人は保険や医療に頼るのではなく、伝統的な和食中心の食生活に切り替える方が得策」等の宗教染みた懐古思想で、その源流であるマクロビオティックが「野生動物は病苦と無縁で、その死の殆どは自然死」等の誤解が満ちた思想だったりする。
また、味の素が発売されたのは明治42年と100年以上経っているので伝統とされても良いはずだが、陰謀論者は一般家庭では戦後に使われた合わせ出汁を重視し、味の素を初めとしたうまみ調味料を「化学調味料を使うな!」と蔑視している。結局のところ彼らにとって伝統とはその程度の物なのだ。