12月1日 浪岡駅(青森県)~郷土愛~
川部駅を後に、青森行きの普通列車は、さらに西へと進んでゆく。雪はますます深まって、車窓の世界観を全て白く包み込んだ。
それでも列車のスピードは変わらない。ふと運転席を見ると、ハンドルを握る男性運転士さんの横には作業服を着たベテランの保線員さんが微動だにせず、前を見つめている。線路の状態を確認しているのだろう。こうした鉄道員の頼もしい活躍で、列車は日々動いているのだと思うと本当に頭が下がる思いである。
11時16分 1分も遅れることなく、浪岡駅のホームに入っていた。降りた乗客たちは足早に駅舎へと駆け込んで行ったが、私は去りゆく列車を雪のホームで眺めつつ歩いたのだが、早々に滑って転んだ。柔らかい新雪が厚みを増していて、痛さを感じなかったのは救いだ。
窓口ではいかにも優しそうなベテラン駅員さが、生真面目な若き青年駅員さんにきっぷの発券を教えながら対応していた。「寒かったでしょう」と出迎えてくれた。転んだのを見られていたのかもしれない。
青年駅員さんも嫌な顔ひとつせず、「せっかくお越しいただいたので、ご希望にお応えしますよ」と嫌な顔ひとつせず発券をしてくれた。たった一枚の紙であるが、そこにまつわる思いや出来事は、本当にドラマがある旅だと私は思っている。
浪岡駅は近代的な広い駅舎で、初めて降り立った私は目を丸くした。地域交流施設である青森市浪岡交流センター「あぴねす」が駅舎に併設され、カフェや観光案内所、そして郷土愛に溢れる展示があり、過ごしやすい場所である。時間のある私はしばらくここで隅から隅までを眺めていた。
岩木山を望む丘陵地にあり標高差のある浪岡は県内でも特にりんご栽培が盛んな場所であるという。昼夜の寒暖差によって美味しいりんごが育つのだそうだ。そのりんごの展示で最も目をひいたのが、エントランス中央にそびえる「りんごの古木」である。
樹齢80年の木に宿る、枝の広がりや幹の太さにも圧倒されたが、何よりも近代的な建物の中に堂々と根を張らせながらそびえる古木は、どんな美術館の作品よりも心に響き、そして自然と調和した芸術性を感じる。フクロウが見つめているが、りんごの木を害するネズミを駆除する役割を果たしており「フクロウがすむリンゴ園」を浪岡では目指しているのだという。郷土愛が生み出した素晴らしい自然と芸術の作品が訪れる人を出迎えている、そんな駅である。
私は近くのスーパーを往復して、全身を真っ白にさせながら、ビールとつまみを買い込み、古木にロマンを感じながら飲んでいたが、連日の疲労からかあっという間に酔いが回り、目を覚ますと夕闇の駅風景になっていた。ホームに出ると、遅れることなく、雪の中を力強く列車が入ってきた。私はこれで弘前へと戻ることにした。
良い時間であった。