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【詩】北のまちの理髪店
(はじめに)
今回は、私を少し掘り下げた形で書こうと
思います。実家は理髪店を営んでいました。
夫婦ふたりだけで切り盛りする小さな小さな
理髪店でした。むかし、理髪店の定休日は火
曜日だけと決まっており、小学校が休みの日
曜日は理髪店にとっては忙しく、家族で泊ま
りがけの旅行にいくなどないに等しい子供時
代を過ごしました。休み明けに学校へいくと、
友達が旅行でどこどこへいった、と自慢げに
話すのを羨ましく思っていました。本当の意
味で、親が家族のため頭を下げながら働いて
いる現実を理解するのは、大人の考えを抱く
ようになってからだと思います。
これは、私の事というよりは両親の物語で
す。働いて働いて人生を歩んできた、どこに
でもいる夫婦の物語です。けれども、私にと
りましては、たったひとつの物語です。2部
構成でお送りします。 「北のまちの理髪店」
は以前、noteで発表したものを改作したもの
になりますが、「 天気雨 」は2021年沼津市芸
術祭におきまして、奨励賞をいただいたもの
になります。繁栄と衰退を描いた作品になり
ます。
北のまちの理髪店
閉店直後の理髪店は
一日のよどみを安堵に変える
どこか 暖かい色をみせる
働き通しのハサミたちは
油のごちそうの列にならび
熱を保った蒸しタオルは
丸まった姿勢から解放され
洗濯機へと 帰っていく
わらい声とため息の
たくさんの名残が混じり合い
すすけた壁にはりついていた
誰かの夢が浮遊しては
成就したのはいつだろう
寄り添うように設置された
ふたつの椅子だけが知っているようで
かさねた時間が綿毛みたいに
降り積もる /(埋もれる夜)
疲れたいのちを あたためあう
(ちょっとだけ解説)
北のまちの理髪店は、あえて人間は登場さ
せず、ハサミやタオル、ふたつの椅子などの
道具だけで表現を試みた作品になりました。
人の使う道具には、その人の魂が宿るものだ
と私は信じております。詩ではそんな書きか
た(やりかた)が出来ます。ゆっくりと絵本
のページをめくるように読んでいただけたな
ら嬉しいです。
天気雨
眼を閉じれば見えてくる
はさみの音
バリカンの技術
肌をすべらす剃刀の静寂
海に近い路地を入ったところに
その理髪店はあった
漁師を中心とした屈強な男たちが通う
椅子が二台だけの狭い店だが
夫婦ふたりで切り盛りするには充分な広さで
営業時間前だというのに
お客さんが並んで待っていた
入口を開ければ消毒の匂いと
シャンプーの香り
器具を手入れする油が微かに主張して
白を基調とする壁には
店主が作った木製の舵輪のオブジェ
店の航路が順調にいきますように
と願いを込めて掛けてある
とりとめの無い会話から
はさみのリズムが心地よく届く
一流の職人が生み出す音に代金を支払う
お客さんで賑わう(誰かの夢が成就する)
その音が
聴こえなくなった
ひとつには
町の人口の流出であり
何よりも
跡継ぎがあとを継がなかったことだろうか
眼を開けると
理髪店は何処にもなく
更地となった空間に潮風が押し寄せる
見上げれば晴れている
晴れているのに雨粒が落ちてくる
ぽつぽつぽつぽつ
ぽつぽつぽつぽつ(とめどなく)
※ 舵輪(だりん)は船のハンドルのことです。
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「心にひびく風景である」
と選評をいただきました。
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上は以前、「第51回 沼津市芸術祭」の記事で
noteに掲載しました市長賞の賞状。
上位入賞すると沼津市の市章『ヌ』みたいな
(賞状の文字の上のところ)
が入るみたいです。
// 素敵なイラストありがとうございました🙇♀️ //
(ちょっとだけ解説)
天気雨は、あとを継ぐことができなかった
私の罪の意識から生まれました。若いときは
一流の理容師になるべく、毎日を過ごしてお
りましたが挫折してしまいました。そこから
職を転々と変え現在に至るのですが、同時に
「詩を書いて評価される人になりたい」と描
いていた憧れは、まあまあ叶ったのかなぁ、
と考えるようになりました。
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詩のコンクールでの楯です。
左から詩集での茨城文学賞
明石市文芸祭 奨励賞のボールペン
美濃加茂市文芸祭の楯
右端は今年いただきました美濃加茂市文芸祭
教育長賞の楯になります。
冒頭の(はじめに)を書いている途中、育
ててくださいました両親を思いますと、無意
識に涙があふれてきました。理髪店をたたむ
とき、長年使用した道具たちを処分していく
過程において、仕分けしていく寂しそうな父
の背中。最後は笑みを浮かべながら更地にな
る店を見つめる母の眼差し。ここに載せまし
たふたつの作品のモデルは、紛れもない父と
母です。どこにでもいる普通の父と母でした。
お読みくださいまして、ありがとうござい
ました。