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月の下で香るモクセイ 第9話
『本来なら死刑となるところを、置かれていた家庭環境と犯行動機から情状酌量され、無期懲役となった。このニュースは全国で大々的に報じられ、私にはたくさんの罵詈雑言が浴びせられた。やはり、すべては自分に返ってくるのだ。また、心中をしようとして、私だけ未遂に終わって逮捕されたという少々変わった事件性から、この事件を創作に使うものも現れ、なんなら映画化もされるらしい。でも、同情の声も少なからずあった。私の家
もっとみる月の下で香るモクセイ 第8話
気づけば、隣の隣の県の田舎に来ていた。海のよく見える、穏やかな街だった。無人の改札をくぐって外に出ると、恵比寿には吹かない風が私たちを出迎えた。
もう日が暮れ始めている。その街の海岸は、断崖絶壁のすぐ下に大海原が広がっていた。夕日に染められて、美しく色づいた海。その色を永久に忘れたくないと思いながら、私は地面に座り込む。
崖に腰かけて、足を海風にさらす万里。彼女はすでに、すべてが終わることを
月の下で香るモクセイ 第7話
夜の都会を歩く。今日は熱帯夜ではなかった。涼しい風が二人の頬を撫でる。
あの後、万里さんにも指輪をはめてもらった。華やかになった右手の薬指。万里さんにも同じものがついていると思うと、やっぱり恥ずかしい。
「いやあ、いい誕生日だなあ!」
万里さんはそう言いながらスキップする。私はここで大事なことを思い出した。そもそも、この指輪だって本当は誕生日プレゼントだったはずなのに。
「あ、お誕生日おめでと
月の下で香るモクセイ 第6話
八月二十二日。あれから特に進展はなく、いつも通りに店を手伝っていた。掃除をして、接客をする。特に変わらない業務をこなす。よく考えれば、人生なんてこんなことの繰り返しなのだと思う。毎朝同じ電車に乗り、何も考えずに変わらない業務をこなし、同じ時間に大体同じものを食べて、また変わらない業務をして、同じ電車に乗って帰る。尤も私は電車通勤ではなかったが。
そんな人生でも、誰かが色を付けてくれていたのは確
月の下で香るモクセイ 第5話
充電が百パーセントになっているスマホ。さっきLINEを交換してもらったのだ。名前は「宮崎万里」で、誕生日は八月二十九日。今日は、八月十三日。万里さんからのお給料で、何かしらの誕生日プレゼントは買えるのかもしれない。尤も、それまでここにいられればの話ではあるが。
隣でスヤスヤと寝息を立てる万里さんが美しい。疲れたのだろう。いつもは私の方が早く眠りについてしまうから、初めて見る寝顔。私はそれに夢中
月の下で香るモクセイ 第4話
ずいぶんと長く眠っていた気がする。
ゆっくりと眠れたことに対する幸せを味わう。もう聖也と聖奈の夜泣きに起こされることもなければ、早く起きて子供たちの世話をする必要もない。
とっても嬉しいはずなのに、私の罪の重さを再認識する。
窓から入り込んでいる朝陽は柔らかく、私の人生においてはじめての優しい朝を演出していた。
太陽に優しく笑いかけながら、私は自分の身を起こす。
体の重さは消えていて、