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自分の中のリトル・ミーを抱きしめたら、逆に励まされて涙が出ました
少し前に『受け入れの法則』という本を読んで、巻末に出ていたワーク「小さな私(リトル・ミー)とひとつになる瞑想」をときどきしています。
この本の著者は、スピリチュアル系の書籍を多数翻訳していることで知られる山川紘矢・亜希子夫妻と、双子の姉妹「あーす・じぷしー Naho&Maho」の4人。世代の異なる2組が、座談会形式で引き寄せの法則や受け入れの法則、魂のステージを楽しく上がっていく生き方などについて語っています。
和気あいあいと話が弾んだ座談会の様子が伝わってきて、とても読みやすく、面白かったです。
リトル・ミーのワークは、あーす・じぷしーのおふたりが提案しているもの。ゆったりと深呼吸をして、リラックスした状態でイメージを広げ、自分の中にいるもうひとりの自分に会いにいくという内容です。
夫が協力してくれて、ガイド役のセリフの部分を読んでくれるので、私は横になって目をつぶり、夫の声に従ってイメージを描いていきます。
あんまり深刻に構えず、浮かんできたイメージを否定したり疑ったりしないで、気楽に受け入れるようにしています。
はじめて試してみたとき、ふたりのリトル・ミーに会えました。
ひとりめは、3~4歳頃の私。当時は「石に心はないの?」「お花は摘まれたら痛くないの?」なんてしつこく親に聞いて、気味悪がられていたことを思い出しました。実家の庭にひとりでいて、風や石や草花とおしゃべりしようとしていたときの場面が鮮やかに甦ってきました。
イメージの中でその子を抱き寄せて、「大丈夫だよ」「あなたは変じゃないよ」「大好きだよ」などと話していたら、ふたりめの少し成長したリトル・ミーも出てきてくれました。
ふたりめは、小学校5~6年生の私。実家の2階にあった自分の部屋で、毎晩窓から、木の枝や葉についた水滴が街灯に照らされている様子を眺めていたころの私です。親が厳しくて、通学以外の外出は自由にできなかったので、窓から見える景色が大切な世界でした。空はどこまでもつながっていますし、そのころの私もはるか遠くへ思いをはせて、何か宇宙的な大きな存在を「大いなる自然さん」と呼び、星空へ感謝や祈りをささげたりしていました。
その子も一緒に抱き寄せて、「よく頑張っているね」「この先、いろいろたいへんな状況になるかもしれないけれど、大丈夫だよ」「いま私はちゃんと大人になれているよ」などと声をかけました。
ふたりがしっかりと身を寄せて、私を抱きしめ返してくれてうれしかったです。
すると、ある感情が湧いてきました。
「あなたたちが頑張ってくれたから、いまの私があるんだよ。ありがとう」という感謝の気持ち。
そして、
「でも私は、あなたたちの期待に応えられる大人になれていないかも。こんなに弱い私でごめんね」
という申し訳ない気持ち。
それらを素直に伝えたら、ふたりはこう言ってくれました。
「わたしたちが頑張るから。頑張って未来の私を支えるから!」
涙が出ました。
リトル・ミーを抱きしめて癒やしてあげたいと思っていたのに、逆に自分が励まされ、元気づけられてしまったという…。考えてみれば、子どものころの私のほうが逆境に強かったかもしれません。
「またね」と挨拶をしてふたりと別れ、ワークを終えて目を開いたらやっぱり泣いていて、大人の自分が情けないとは思うけど、すがすがしくてあったかいものが胸の中に満ちていました。
これからは、自分の中の過去の自分に
「よく頑張って生きてきたね。大好きだよ」
そんな言葉を贈りつつ、いまの自分は強がらずに、リトル・ミーに助けてもらえるときは頼ってもいいんだなと思えたのです。
◇見出しのイラストは、みんなのフォトギャラリーから
mioartyさんの作品を使わせていただきました。
ありがとうございます。
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