伊豆天城山でハイキング-29
登山口の先にバス停を見つけた。
バスがここまで来てくれるおかげで、車を持っていない人でも天城山シャクナゲコースを楽しむことができる。
もともと本数は多くないけど夕方以降は一時間に一本ほどのペースで数本がお迎えに来てくれる。
「ここで一人で待つのは嫌だよね」
出かけるときは至って車のれんはバスを待つ人を思う。
確かにそうだよね。
もし私たちのように思った以上に時間がかかって、予定していたバスに乗り損ねて一人で待つときは特にだ。
だけど車を持たずに公共交通機関を利用する私たちは別の面も知っている。バスが来てくれた時のホッとした喜びも。
時間通りに来てくれなかったら不安はどんどん募っていくから、大幅に遅れずに(ほとんど)時間を守ってくれる日本の交通機関に感謝です。
駐車場へと戻るとトイレ前のベンチにららが座っていた。
「大丈夫?」
呆然としている彼女にささが声をかける。
「何も考えられない」
多分、大人のリクエストに応えようといろんな気持ちを押さえつけながら速足で歩いて、ゴールにした後にどっと疲れが出てしまったのかもしれない。
ららさんもお疲れ様でした。
「アミノバイタル飲みな」
ささはリュックを開けて探すもののなかなか見つからなかったので、同商品を愛用している私がららに渡すと、受け取って飲み始めた。
ささは自分のリュックから見つけたそれを私に返してくれた。
律儀で良い人だ。
私とたぁはそう疲れていない。
今回のコースは時間配分ミスで最初はゆっくり、終わりは急ぎ足になり、険しい場所は多かったけど標高差があまりなく、距離も長くなかった気がする。そして二人とも汗はほとんどかいていない。
だけどささもららもれんも汗だくだという。
原因は服装の違いだ。
登山グッズを一式買い揃えたささ家族は防止にマフラー、ジャケットを着て寒さ対策。さらに中にはTシャツの下にロングシャツを着ている。雑誌で見かけそうな日本式ハイカースタイル。
だけどそれが原因で暑くなってもTシャツを脱げずに、汗がどんどん溜まってしまったようだ。
私とたぁはTシャツに薄いパーカーを羽織り、パンツは風通しの良い薄手のものを着用し、風除けにもなるレインコートの上着をリュックに忍ばせている。日本の山を歩いている時に二度ほどおじさんに注意されたことがあるけど、海外に行くと私たちの格好が一般的だ。
とりあえず汗をかいていても、かいていなくても、温度が下がれば体は冷えてしまうので、さっさと今日の宿へと向かおう。
最初の予定では昨晩お世話になったノースインに二泊する予定だったけど、ささ家族の希望もあり、二泊目は海近くの宿を予約している。
「運転する?」
「うん」
ささが尋ねるとエネルギーを取り戻したららは頷いた。
彼女の運転に乗るのは初めてだから、ちょっとワクワク。
運転席に座りハンドルを握る前に彼女は言った。
「注意したり、驚いたりしないでね」
それはたぁのママからも言われたことがある。
彼女が急ブレーキをかける度に後部座席でぼーっと外を見ている私の体は前のめりになりシートベルトで守られ、つい声が出てしまう。それが運転への悪影響になるらしい。
はい、運転してもらう身、できるだけ静かにします。
ナビを設定すると到着予定時間は17時22分と表示された。
今日も予定よりも遅れてしまった。
まぁ、予定は未定だよね。
変なこだわりは捨ててここは気持ちを入れ替えることにしよう。
彼女は静かに車を動かし、林道へと出た。
あっ、遅い。
すごく、遅い。
「ゆっくり運転だから」
そうは聞いていたけど、ランナーに抜かされる速さだ。もし後ろから車が来たら間違いなく迷惑がられるだろう。
ららの希望もあってはささが助手席に座っている。彼女は周辺を見ながら指示を出す。
「対向車が来たから、早めに止まって(道を譲りな)」
すれ違いざまに動こうとすると
「動いちゃダメ。相手の人に任せて」
ららは指示に従い、車を止める。
そして完全に通り過ぎてから再び動きだし、ゆっくり進む。だからナビの到着時間予定はどんどん伸びていく。
指示を出せるささはすごい。
素直に聞けるららも偉い。
だけど私の隣でたぁが固まっている。瞬きをしているか心配だ。彼の両腕には力が入り、ぐっと体を縮こませている。
そんな彼の手を取りつつも、何もできない私。
だって「車、運転して」って最初にお願いしたのは私だから。
ここは何も言わずに、フラストレーションを隠す訓練だと思うことにしよう。
宿の看板を見逃さないように、(運転手以外)みんなで注意をしながら、無事、到着。
「らら、運転ありがとう。うまかったね」
本心じゃない。
だけどとりあえず、そう、言わなくちゃいけないという思いが言葉になった。
「(自分が嫌な思いをしたときに)相手を悪い気持ちにさせてたくないレーダー」
それが働くときはだいたい思っていることと逆の言葉が咄嗟に出て、後で思い返してそんな言葉を発した自分を悔やむんだ。
主な登場人物:
私-のん、夫-たぁ、
姉-ささ、姉の夫-れん
姪っ子-らら、甥っ子-ぼう
これまでのお話
【無空真実よりお知らせ】
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
昨年、12月25日にAmazon Kindleより二冊の電子書籍を出版いたしました。
長年にわたり心の深い場所に重たいしこりがあり、一時は「もう真から笑うことはできないんじゃないか」と思ったほど。
だけど日々の生活や旅行を通じ、一筋の光が現れてちょっとずつ自分を取り戻し続け、今回の旅は私に人生の節目を与えてくれた。
神話の土地から届くエネルギーを通して、私は一体、何を体験できて、何を知れるんだろう。
準備は整った、さぁ旅にでよう。
人生を模索しながら生きている二人の旅をどうぞお楽しみください。
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