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あの人の名は信長(仮) 2

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 加恋は小中高と同じ学校に通っていた親友の「長田実里おさだみのり」とルームシェアしている。理由はお金をより多く趣味に費やすためである。収集癖のある加恋は何でも集めてしまうために出費がかさむ。長田の趣味は食べることであり、収入のほとんどは食費になる。一人暮らしをするとなると、趣味に使えるお金は限られてくる。そこで二人はルームシェアを考えた。

「あれからどうなったの? 信長」

 長田は加恋が働く古書店で立ち読みする男性のことを話で聞いていた。二人の間で彼のことを「信長」と呼んでいる。
 相変わらず、長田の目の前には一般女性が食べきれる量ではない料理がいくつも置かれている。それを前にして加恋はヘルシーな食事を摂っている。

「ずっと立ち読みしてる。それも同じ本」
「信長兵法書だっけ? それ面白いの?」

 加恋は「さあ」と首を傾げる。何度も本を開こうと試みるが失敗している。本は薄くて、加恋は「これぐらい」と厚みを両手で表現する。

「それって漫画よりもページ数少なくない?」

 加恋は頷く。

「多分、何回も読んでいるんだと思う」
「なら、買えばいいのに」

 長田のいう通りだった。でも、その商品は在庫リストにない。もしかすれば、誰かの忘れ物が紛れたのかもしれない。店長がその件について頑なに話そうとしないのも疑問だった。

 自分の部屋に戻ってきた加恋に趣味の時間が訪れる。部屋は好きな漫画のキャラグッズで溢れていて、綺麗に整理されている。ノートパソコンを立ち上げて開いたのは表計算ソフト。今日使ったお金を全部記録している。趣味に使える資金がどれだけあるのか把握するためである。マメにチェックをつけており、忘れたことは一度もない。SNSで情報収集した後、溜まっていたアニメを動画配信サービスで観る。
 時代は便利になったものでスマホ一つで何でも楽しめる。最新のアニメから過去のアニメまで観れる。昔のようにレンタルショップでDVDを借りて観なくても済んでしまう。その結果、相次いでレンタルショップが閉店しているとネット記事が上がっていた。しかし、加恋が生活する上で特に支障はない。
 推しの為なら出費を厭わない加恋は円盤、すなわちDVDを購入する。特典付き、いろんなタイプがある全形態を購入するとなると数万円を超える。大人になってからは、レンタルショップでわざわざ借りなくても済んだ。

 アニメを観ながら脳内によぎるあの信長の存在。集中できなくなった加恋はスマホをタッチして動画を止めた。

「あの信長は一体何者なんだ」

 髪を掻きむしって脳内から信長の存在を消し去る加恋。
 ダメだ。気になって仕方がない。

 朝食を長田と一緒に摂る加恋。食べているものは違う。

「今日こそは突き止めてやる。信長の正体を」
「うん。顔怖いよ」

 眉間に皺を寄せている加恋。長田に指摘されて笑顔を作る加恋。
 家を出た加恋はコンビニに立ち寄って、チョコレートを買う。

「レジ袋ご利用ですか?」
「大丈夫です」

 バッグの中にチョコレートを詰め込む加恋。準備は出来た。いつものミルクチョコレート。これでいつものように店長に頼まれても大丈夫だ。
 夕方。信長はいつものように立ち読みしている。出陣する時がやって来た。

「ちょっとおつかい頼まれてくれるか?」
「いつものチョコレートですね」
「ああ」

 加恋は振り返って信長の存在を確認する。まだ店にいる。かばんから予め買っておいたチョコレートを店長に渡す。
 先手必勝。奇襲を受けた店長はもはや何もできない。これで信長の正体が掴める。安心したのも束の間、店長が口を開く。

「今日はストロベリーでお願い」

 新たな戦法に敗れてしまう加恋。予想外の展開。ミルクの次はブラックではなく、ストロベリー。奇襲を受けたのは加恋の方だった。

「なぜ、ストロベリー……ジジイは大人しく与えられたもの食っとけや」
「はあ?」
「いえ! 行ってきます!」

 心の声が漏れてしまった加恋はすぐにコンビニに向かう。気づけば、信長の姿はなかった。

 机の上に置いてあるチョコレートを前にして、加恋は考えていた。左からミルク、ブラック、ストロベリー。
 次はどれを選んでくるか。いっその事、すべて用意するべきか。もしかしたら、今日みたいな奇襲をまたかけてくるかもしれない。となると、違う味で仕掛けてくる可能性大。バナナ味、抹茶味、その他にチョコレートで何の味がある?

「考えろ私、考えろ私」

 一人、脳内で考えを巡らせる加恋。長田が帰って来る。

「ただいま……また顔怖くなってるよ」

 加恋の真剣な表情はいつにも増して怖くなっている。長田の目にチョコレートが映る。

「これ貰っていいの? 三つあるってことは一つ貰っていいってことだよね」
「……どれを選べばいいのか」
「たしかに迷うよね。王道のミルクもいいし、深い苦みのあるブラックも捨てがたい。しかし、口の中でイチゴの香りが広がるストロベリーもいいよね」

 長田の声は聞こえておらず、ずっと悩んでいる加恋。

「やっぱり選べないから、三つ貰っていくね」

 長田は三種類のチョコレートを全部持っていった。

「あれ……チョコレートが消えた」

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