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あの人の名は信長(仮) 3

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 今日も店長からおつかいを頼まれた加恋は今、建物の陰に隠れていた。

「何もすぐに買いに行かなくてもいいんだ。信長が店から出てくるのを待てばいい」

 待ち伏せ作戦だった。その姿は知らない者から見ればストーカー同然である。問題はどう声をかけるかで、信長は加恋のことを認識しているのか不明。
 店から出てきた信長を尾行する加恋。彼は駅構内へと入ってゆく。このまま帰宅するのかと思いきや、通り抜けて外へ出る。

「ラーメン屋……? まさか夕食をここで?」

 信長は駅近くにあるラーメン屋に入店する。これ以上の調査はできない加恋は一旦、店に戻る。忘れずにコンビニへ立ち寄り、チョコレートを買う。

「遅かったね」

 加恋は店長に買ってきたチョコレートを渡す。

「いつもの場所が売り切れてたんです」
「チョコレートが売り切れ?」
「美味しいからじゃないですか。店長みたいなヘビーユーザーがいるんですよ」

 適当に誤魔化した加恋は仕事に戻る。そろそろ退勤の時間だ。

「退勤します」
「はい、お疲れさん」

 加恋は超特急であのラーメン屋に向かい、入店した。あの信長はいなかった。入ったからにはと一杯ラーメンを注文する加恋。周りの客はほとんどが男性。一部、女性もいたが一人ではなかった。

「一人ラーメンか」

 注文を終えた加恋はメニュー表を眺めながら、ラーメンが来るのを待つ。メニューを見て思い浮かべたのは長田のことだった。

「絶対これ選ぶだろうな。いやこっちかな。実里だったら、三杯一気に頼んだりして」

 心の声がただ漏れである加恋に店員が声をかける。

「相席大丈夫ですか?」
「はい」

 店員が連れてきたのは一人の女性だった。長髪の彼女は髪を一つに結んだ後、メニュー表をチェックせずに注文を済ました。

「常連客なのかな。にしても可愛い女子」
「はい?」

 またしても心の声が漏れてしまう加恋。彼女はいつもそうだった。昔から心の声が漏れてしまう習性。

「あっ、すみません。昔からつい心の声が漏れてしまって」
「大変ですね。でも、漏れるってレベルじゃないですよ。普通に喋ってます」

 彼女は笑って言った。素敵な笑顔でまさに天使だった。加恋が頼んだラーメンが届く。

「豚骨山盛りもやしラーメンの麺少量」

 加恋が頼んだラーメンを一瞬見ただけで言い当てた彼女。それも麺の量まで。
 彼女は大のラーメン好きで仕事終わりによく来るという。この店のラーメンを食べ尽くしており、盛られている具の高さで麺の量もわかるという恐るべし女。

「出身はどこなんですか?」

 加恋の質問に彼女は岐阜県と答えた。

「岐阜……つまりは美濃。美濃の女で濃姫か」

 心の声が漏れてしまっている加恋。歴史好きの歴女である加恋はよく名前の知らない人に、偉人の名前をあだ名にする。立ち読みしている男性を信長とつけたのも加恋。

「私、児玉華こだまはなっていいます」
「すみません、児玉さん。店のメニュー全部覚えているなんて凄いですね」

 その後、二人は他愛のない話をして連絡先を交換した。

 安土桃山時代、広く知られている名でいうと戦国時代。よく創作物の題材として扱われており、ドラマ映画だけでなく、漫画アニメゲームと幅が広い。歴女である加恋のスマホには戦国時代を題材にしたアプリゲームが入っていた。二次元の武将たちは美化されている。本当なら彼らは老いぼれた爺さんたちである。

「信長……」

 織田信長。戦国時代を題材にした作品に必ず出てくる武将だ。本能寺の変、家臣明智光秀の謀反による自害で人生を終えた。
 加恋が今、プレイしているゲームにも織田信長が登場してくる。あの信長の正体を突き止めなければ、何もかもが集中できない。
 翌日の夕方。仕事を終わらせ、早く退勤した加恋は信長が来るのを待つ。彼が入店するタイミングで声をかけた。

「いつも店で立ち読みしていますよね?」
「あなたは……ここの店員さん」

 信長は加恋が古書店の店員だと認識していた。なら話は早かった。立ち読み禁止の店でなぜ、読んでいたのか尋ねる。

「実は母に監視を頼まれていて」
「監視?」
「ここの店長、俺の爺ちゃんなんです。聞いてなかったですか?」

 初耳の加恋は驚く。まさか信長が店長の孫だったとは。従業員である加恋に言う必要はないのだが店長はなぜ、信長が孫だと話してくれなかったのか。

「監視ってなんのために?」
「母は爺ちゃんの体を心配しているんです。爺ちゃんは八十歳を過ぎてます。で、いつ倒れるかわからないから毎日通っているんです」

 彼に関してはまだ気になることがある加恋。信長兵法書についてだった。

「あれは名前の通り、信長兵法書です。俺の本です」

 在庫リストになかったのは彼が持ち込んだ本だったからだ。店を家の本棚のように扱うのは止めていただきたい。
 信長は店に入る。退勤したはずの加恋が自分の孫と一緒に来て驚いている店長。

「どういうことですか! 店長」

 加恋が問い詰める。店長は言い訳をするが逃れられなかった。洗いざらい話す店長に納得した加恋は帰宅した。

[終]

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