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木綿のハンカチーフ
恋人はいないし、僕は旅立たない。
ただ都会の絵の具に染まらないで帰って、とは思う。
どうも、私です。
先程の二文は主語が違いましたね、あまり気にしないでください。
今日から、「ワタシとウタ」というシリーズを始めます。
私の血肉となっている楽曲に擬えて意見を述べていく、というものです。
現時点では月・木の週2日で更新しようと思っています。
記念すべき第一回は、太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」
聴いてから読む、聴きながら読む、文字だけで楽しむ。
お好きなようにお楽しみください…
さて、私はよく誰かのアクションに対して「それはちょっと違ったな〜」と思うことがあるのですが、あなたはどうですか?
特に、ありがた迷惑というものに苦笑いをする機会が多くあるのですが、本当に申し訳ないな、と。
悪意なき迷惑ですよ。
迷惑だが、相手は良かれとやったこと、無碍にできませんね。
故郷に女を残し、その男は都会へ。
男:街で流行りのはいからを君に送るよ、ハニー。
女:いいえ、私は草に寝転ぶあなたが好きだったの、ダーリン。
男:ぼくは〜 ぼくは〜 ah 帰れない〜♪
この曲には一切の悪意がない。
人間らしさ溢れる受け継がれるべき名曲ですね。
男側の ah と言えちゃう余裕だけは悪意かも、私なら腹が立ちますね。
若干のすれ違いからくるもどかしさというのは、社会の一員である限り避けられないものです。
そして、一日の終わりには大反省会が開かれます。
あの一言は余計だった、とか、もっと違うことを言ってあげられた、とか。
反省したとて、努力次第で減らすことはできても、なくなることは決してない。
大体、生きているということに答えがないわけで。
人間社会にも意味なんてないんですよ。
結局は、自らの欲を満たしたいだけなのです。
その欲こそが期待であり、欲と欲の衝突はすれ違い。
そのままのあなたでいてほしかった、変わっていく僕を許してほしい。
どちらも当たり前の感情です。
どちらにも幸せになってほしいですね。
欲深いことに少し良くない印象があるのは何故でしょう。
どう頑張ったって、今この瞬間の欲を振り切ることはできないのに、と思います。
息をしているのだって生きたいと思っているからで、今あなたが息を止めたなら、私のことを裏切ってやりたいとでも思ったのでしょう。
全ては欲の繋がりで構成されています。
欲望に素直になることは、決して恥ずかしいことではありません。
とは言っても、やはり人目は気になりますよね。
なら私が!先陣を切って!欲丸出しの姿を見せようではありませんか!
えっと、その…
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太字にまでしてしまった!恥ずかしい!泣きそう!
涙拭く木綿のハンカチーフをくれ!今すぐに!
次回、木曜日の更新は、たまで「夕暮れ時のさびしさに」です。
お楽しみに!