秋のお散歩日記 母への思い
こんにちは
急に冷え込んで肌寒い朝です。
今日は息子の遠足。
とても楽しみにしていました。
雲行きあやしく太陽の見えない曇り空ですが、このまま雨にならないことを祈ります。楽しんできてね!あー雨降ってきたー
昨日は、むしむしと暑い曇り空でした。
季節がひとつ進み、それはそれで、なんとも寂しく思います。
秋のお散歩日記 昨日のこと
先日から、久しぶりにカメラを持ち出して撮影してみたら、楽しくて、楽しくて。
曇りの日には、光がまわって優しい写真になる、と教えてもらった事があります。日差しの強い晴れの日、光と影、パキッと!コントラスト強い色鮮やかな写真も好きですが、色を写すなら曇り空がちょうど良いな、優しい光が好きだ!と私は思っています。
写真欲がうずうず。
ふらっと撮影してきました。
先日、息子と久しぶりに訪れた公園に、ひっそりと彼岸花が咲いていました。「そうだ、今日は彼岸花を撮りに行こう!」
公園にいってみると、彼岸花は枯れていた(泣)。
この辺りで彼岸花が咲いているのを見たことがなかったので、撮影したかったなー、と思いつつ公園の草花を撮影してきました。
お付き合いいただけると嬉しいです。
写真のとても上手な方が「黒い部分が写らないように、背景に拘って撮影している」と言っていた。私は、そこまで中々気が回らない撮影ばかりだし、作りすぎないキレイすぎない写真も好きだ。
けれども、この言葉は心に留めておきたい。
じっくり丁寧に、そのものの良さを引き出せるように、そんな写真を撮影していきたい。
知らないお花がたくさんあるなー
たくさん咲いているんだなー
知らない虫もたくさんいるなー
お花や植物、虫の名前を知ると、お散歩がもっともっと楽しくなります。
母はお花が好きな人でした
庭にも何やら色々と、よく植えていました。
友人から野草を分けてもらったり取ってきたり(今なら違反だと思うが!)、碇草やふたりしずか、鷺草など、あまり聞かないような植物を育てていました。春にはランプのような小さなお花が可愛らしい白色の満天星やピンク色の更紗満天星、ちいさな小さなピンク色のジャノメエリカがわさわさと咲き誇り、ミントや鈴蘭の芳しさが漂い、白や紫色のすみれ、黄色の水仙が咲いていた。夏には鮮やかなピンク色の百日紅、薄紫色のムクゲが天に向かって咲き、秋には枝垂れ紅葉が赤くなる。烏揚羽がハラハラ舞い、カナヘビがチョロチョロ挨拶に来る。アリや毛虫やクモや虫もたくさんいるけれども、決して大きくはないけれども、花が溢れるそんな庭だった。
芝生は何度植えても枯れ、ミントは増えすぎるくらいに増えて他の植物を追いやり、芝桜や梅の木はアリや虫に全滅させられ、庭の管理は上手にできていませんでしたが、玄関にはいつも庭先のお花を飾っていて、母は、お花が植物がとても好きな人でした。
「この木、百日紅っていうんだよ」ちょうど知人から百日紅をもらって、植えたばかりだった。
「へぇー。サルスベリ?変な名前だね」
「木がツルツルしてるでしょ?だから猿滑りっていうんだよ」
「猿も木から落ちる?面白い名前だね」
母が教えてくれた。
母が亡くなって、精神障害のある兄がめちゃくちゃにしてしまった実家がそのまま、当時のままになっています。
廃墟のように朽ち果てて、その家は、誰も住まずに母の三回忌を迎えました。
嫌な思い出、恐怖。当時の面影をなくしてしまった廃墟のような家に行きたくなくて、どうしても片付けることができずにいました。
現実に向き合えない日々。
ご近所さんにご迷惑をかけているとは思いながらも、胸がぎゅっとしてしまって苦しくなって目を背けてしまう。怖くて前に踏み出せない。
最近、草花を撮影するようになって、ムクゲや百日紅を見ては母が好きだった庭の花々を思いました。
母は、お花を庭を家を好きだった、と思う。
雑草生え放題、廃墟のままの家では、きっと母も浮かばれない。
母が悲しんでいるように思った。
やっと心の区切りがついて、実家に行ってきました。
市の方と一緒に、壊れたガラスのとりあえずの補修、庭の雑草取りをしてきました。
父を小学生の頃に亡くし、兄が精神疾患を抱えてから親戚付き合いも少なくなりました。私には、実家のことで心を許して頼れる人がいないのです。
叔父や叔母は多分、「助けて」と言ったら快く助けてくれると思います。しかし、コロナもあるし、70歳を過ぎた叔父叔母に私からお願いできることは、少ないです。叔父叔母には叔父叔母の生活がありますから、そちらを大切にしてほしい。
夫や姉には仕事があるし、何より腰が重い。
私よりも重くて、全然動いてくれない。
そして、長女の姉には、今まで家や母や兄の色々なことを任せっきりにしてきました。末っ子の私は、甘えたままでした。
はー・・・そう、私が動かなければ。
私が、やらねば。
庭は、枝垂れ紅葉がこんもりと山のようになっていて、雑草ぼうぼう、こちらも山のようで、入るのが躊躇うほどで。
セイタカアワダチソウは2メートルはあろうかというほど高々と生えていて、分け入っても分け入っても雑草。そんな時、足元にチョロチョロっと、カナヘビさんがお出迎えしてくれました。私が実家に住んでいる頃から、よくカナヘビさんがチョロチョロしていました。何だか、ちょっと嬉しくなって、「挨拶にきてくれたのかな?家を守っていてくれたのかもしれないな?」と思いました。その後も何度かチョロチョロ出てきて、じっとこちらを見ていた。不思議と気持ち悪い怖いなんて感情はなくて、可愛いなー、ありがとう、そんな風に思いました。
庭や家をキレイにして、あの頃のような、母が好きだった実家に戻したい。母から受け継いだ花好き、母から教えてもらったお花の名前は、今でもスルスルと出てきます。
私もお花が大好きです。
雑草もりもりの中、ムクゲは美しく天を仰いでいて、ムラサキシキブはつるんとキレイな紫色の輝く実がなっていて、植物の生命力の強さを知りました。しかし!セイタカアワダチソウは、どうしてこんなにも!蔓延っているんだ!街にも公園にも我が庭にも!「ゴメンネ!ちょっと生えすぎてるよ!」と言いながら、セイタカアワダチソウをバチバチと切ってきました。市役所の方は、雑草も植木もバッサバッサと切っていたので、それがちょっと残念でしたが。
あー!ムラサキシキブが!ハマナスが!あー!!!
身体中、筋肉痛です。腕が肩が・・・
草取りや雑巾掛け、昔の人は家事をするだけで良い運動になったのだろうと思います。体を動かす、こちらも私が忘れていたことです。
色々な思いを断ち切るようにバチバチと、無心で体を動かす。心地良い疲労感がありました。そして、虫刺され植物にかぶれたのか赤い湿疹が沢山できました。
一歩踏み出して見たら、ご近所の皆さんも、市の方々も、親切にしてくれました。迷惑をかけっぱなしな私にも、手を差し伸べてくれました。
もしかしたら、これ以上迷惑をかけてもらたくないという、ご近所さんの保身のための優しさかもしれませんが、長年近所付き合いをして、兄のことで怖い嫌な思いも沢山してきて、それでもまだ我が家に関わってくれていることを、とてもありがたいことだと思いました。
実家に行く前までは、正直「怖い、面倒臭い」そんな負の感情しかご近所さんに持てなかったのですが。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」何だか涙が出てきてしまって、うまく言えませんでした。ご近所さんたちが良心的で攻撃的でないことは、母の付き合い方もあったのだろう、そんな風に思います。
母がよくしてくれたから、きっと嫌な目にあっても、受け入れて許してくれているのだと。
一歩踏み出した先には、少しだけ光が見えました。
まだまだやるべき課題が沢山ありますし、これからが本番です。
ちょっとずつ片付けながら、実家の行末を考えて行こうと思います。
楽しい思い出も沢山あったのですから。
私も、できることをしなくては。
今できることを。
長々とお付き合いいただき、ありがとうございます!