▶【自己紹介】 わたしってだれ?
はじめまして、わたしは式森といいます。
普段は、小説や詩、写真などを載せています。
今回は簡単な自己紹介を行おうと思います。
結論から言いますと、
わたしは〈電話機〉で聞いた話やFAXに送られてくる写真を記録として残すためにこのページを開いています。
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これだけでは何を言っているのかさっぱり分かりませんよね。
ですので、〈電話機〉についての回想に、少しばかり付き合っていただきたいのです。
そして、〈電話機〉の記録の中に、あなたにとっての刺激的な世界を見つけてもらいたいのです。
それでは記録の中の世界をお楽しみくださいませ。
▶まず〈電話機〉とは何です?
“この〈電話機〉はきみにあげるよ”
と、彼は言いました。
わたしが〈電話機〉を譲り受けたのは、もう5年も前のことです。
結局のところ、現在でもわたしはこの〈電話機〉が何なのかよく分かっておりません。
当時、わたしはこの世界に来たばかりだったので、見るものすべてが新鮮に感じられたのを覚えています。
まるで子どものような気分でこの世界とふれ合いました。
わたしがこの世界に来た経緯は、また別の機会に話しましょう。
わたしはこの世界のすべてを愉しんでいました。例えば、街の喧騒だったり、すれ違う人から漂ってくる香水の匂いだったり、その他いろいろ。
その日、わたしは街へ赴いていました。
今日は違う街に行こうと思い、いつもと反対方向の電車に乗りこみました。
適当な駅で降りて人通りの多いところから少ないところまで探検しました。
とある路地を曲がると、周りとは異なった雰囲気を放っている店に出会いました。
そこは中古の本を扱っている古本屋だったらしいのですが、こっそり店内を覗いても客の姿はありませんでした。
わたしはこのような雰囲気の場所に出会ったのは初めてだったので、おそるおそるながらも好奇心に駆られて店の中に入ってみました。
店内は古くなった紙の匂いで満たされていました。高い本棚とそこにぎっしり詰められている本たち。思わずたくさんの本の世界に溺れそうになってしまいました。
店の奥にはレジスターがあり、白い髭の伸びた店主が座って新聞を読んでいたのでした。
店主はすぐにわたしの方に視線を向けてきました。わたしは何か言おうとしたのですが、言葉は何も出てきませんでした。
その代わり、わたしは店主の横に置かれたよく分からないものに目を向けていました。
“それはいったい何ですか?”
と、わたしはそれを指さしながら店主に訊いてみました。
店主は横を振り向いて、少し驚いたようにわたしに言いました。
“これは〈電話機〉だよ。知らないのかい?”
〈電話機〉。それはすでにわたしの心を釘づけにしていました。
“その〈電話機〉は売ってないのですか?”
わたしがそう言うと、店主は不思議と考え込むような素振りを見せました。
そしてこう言いました。
“これが欲しいのかい?”
わたしが頷くと、彼は微笑をたたえて言いました。
“なら、この〈電話機〉はきみにあげるよ”
“ただでもらえるんですか”
わたしは嬉しさで半ば叫びだしそうでした。しかし、店主はこう付け足したのです。
“ただし、約束がある”
“この電話機の電話線はきちんと繋げること。そしてもし誰かから電話がかかってきたら、絶対に出ること。いいね?”
その時のわたしはその言葉の意味がよく分かりませんでした。この素敵な機械をもらえるのなら、そのぐらいの約束は喜んで引き受けたいと店主に伝えました。
店主は丁寧にその〈電話機〉を包み、わたしに渡してくれました。
わたしはその機械を店主から譲り受けた後は、それを大切に自分の家まで持ち帰り、棚の上に置き、店主との約束通りに電話線を繋げました。
それから、〈電話機〉はいつも変わらない姿でわたしの家に置かれつづけていました。
店主が言っていたように、誰かから電話がかかってくるかと思っていました。
しかし、全く電話はかかってきませんでした。
ところが二年ほど前、突然電話が鳴ったのです。
わたしはとてもびっくりして椅子から飛び上がってしまいました。初めて聞く〈電話機〉の鳴る音。
動揺している間に1分ほど経ったはずでしたが、電話機は変わらず鳴りつづけていました。
店主との約束を破りたくはなかったので、わたしはゆっくりと〈電話機〉に手を伸ばし、受話器を持ち上げ、耳にあてました。
受話器の向こうからはザーザーというノイズ音だけが聞こえていました。
数秒経って、わたしが受話器を置こうとした時、人の声が聞こえてきたのです。
“もしもし”
相手は女性の声でした。わたしがはいと応えると、
“変わったのね”
と、相手は言いました。
いったい何のことか分かりませんでしたが、わたしはこう訊き返しました。
“すみません。どちら様でしょうか?”
“私が誰だろうと、あなたが誰だろうとあまり関係はないの”
そして相手は一拍空けて言いました。
“大切なのは私がこの電話をかける側で、あなたがこの電話を受ける側であるということだけ”
わたしはまだ彼女の言葉を理解できませんでした。しかし、相手は不思議な話をし始めたのです。
“私と私のふたごの妹の話について聞いてほしいの”
わたしに拒否権はありませんでした。
彼女は途中何度か詰まることはあっても、一気に話を終えました。
そして礼を言うと、電話を切りました。
受話器を置き、わたしは彼女の話を反芻していました。それから、思わずノートに彼女の話を書き連ねました。
書き終えてから、いったい彼女が誰かということ、この〈電話機〉は何なのかということが気になってしまいました。
彼女の電話番号が分からなかったため、こちらから彼女に電話をかけることはできません。
それに、彼女の言葉通り、わたしは電話をかけていい側ではないような気がしたのです。
わたしはもう一度あの古本屋へ行こうと決めました。訊きたいことがたくさんありました。
ですが、古本屋はもう存在していませんでした。
隣の店の店員に尋ねると、どうやらわたしが〈電話機〉をもらってから1年後に店主が亡くなったというのです。
手がかりを失ってしまい、わたしはあの電話機をどうしようかと考えましたが、やはりそのまま置いておくことにしました。
店主がいなくなっても、店主との約束は変わらず有効でしたので。
▶このクリエイターは
現在、わたしはこの世界の大学に通いつつ、時々かかってくる電話に応じ、相手の話を聞いています。
最初に電話をかけてきたあの女性はあれ以来、電話をかけてくることはありませんでした。
電話をかけてくる人は毎回、年齢も性別も異なっています。
彼らの話はわたしが記録します。
最初はノートに記録していましたが、現在はこの電子媒体に記録しています。
以前までその記録はわたしだけしか見られませんでした。しかし、それではもったいないと思ったのです。
また、写真も記録しております。
〈電話機〉の横に偶然置いていたFAXに、ある日謎の写真が送られてくるようになったのです。これも〈電話機〉と同じ機能を持ってしまったのかもしれません。
誰が送っているのか、どういう意図で撮影された写真なのか、それは不明です。
これらの写真もわたしが勝手に題名を付け加え、記録として残しています。
ただし、一つだけ誤解しないでください。
わたしはこの仕事が嫌いなわけではありません。
おそらくあの古本屋の店主は、わたしにこの仕事を託してくれたのです。他でもないこのわたしに。
謎は多いままですが、電話で聞く話はどれも刺激的で、わたしを驚かせてくれます。
写真にも思考の余地があります。
この仕事をしていると、この世界にはまだまだ面白いことがたくさんあることが分かるのです。
現在、記録は小説や写真が主となっていますが、今後どのような記録がなされていくのか、わたしは楽しみです。
記録はあなたに読まれるために存在します。
記録の中に、あなたにとって刺激的な世界を見つけてもらえれば幸いです。
■ 【another record.1】