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はじまる恋の空模様

凄くモブの女の子のように声をかけた。
 
「あの…連絡先教えて貰えませんか?」
 
少女漫画ならイケメン主人公に一蹴される類のアプローチだ。幸い彼はイケメンでは無く、私も美少女では無かった。彼は聞き取れなかったようで振り向いたまま沈黙してる。
 
「さっき、作品聞きました。凄かったです。ちょっと色々聞きたくて、よかったら友達になってくれませんか?」
 
上の台詞を四秒くらいで言い切った。緊張するとかなり早口になってしまう。出会いはある創作ラジオドラマの大会で、私は彼の作品に、ひいては彼自身に一目惚れしたのだ。その帰りしな、彼を探し出して声をかけたのが今。
 
「内海です」
唐突に彼は口を開いた。私も慌てて名乗る。
「香川です」
「香川さん、意見を言っていい?」
高校生にしては酷く素朴な、ゆったりとした語り口だった。
「まず、僕は知らない人に声を掛けられても苦じゃない類の人間だ。話しかけてくれてありがとう」
彼の語り口は、はっきり言って奇妙だった。彼の言葉は口語調というより文語調、中空の壁に文字を書き連ねているような、奇矯な趣があった。
 
「そして生憎だけど、僕は携帯を持ってない。実家の住所か、電話番号でいいかな」
 
私の初恋のハードルはグンと跳ね上がった。というか、最初にかけた言葉は聞き取れていたのか。彼が言葉を生成するスピードは他とは違うらしい。若いときはその『他とは違う』ってことが酷く魅力的に見えてしまう。その日から二人の時代錯誤な文通が始まった。はじめて彼から貰った手紙はこんな内容だ。
 
『お手紙ありがとう。あの作品を個人的に評価して貰えてとても嬉しい。君は僕の作品をパーフェクトと言った。でもあれは不完全だ。そもそも完璧な作品などというものは存在しない。完璧な絶望が存在しないように。ただ僕は不完全性を肯定し、不完全性を愛している。僕は今日も不完全な一日を過ごし、不完全な食事をし、不完全な文章を書く。―この手紙の事だ。言葉数は間違えてるし、虚実入り混じっている。僕が好むのは、この違和感だ。不完全が齎す奇妙な倒錯観、君はどう感じる?』
 
しがない女子高生がこんな手紙を貰ったらどうなる?ドン引き九割、舞い上がる一割、そんなところだろう。不覚にも私は後者だった。今の私はあの時の私に声をかけたい。
 
「地雷案件だぞ、逃げろーー!!」
 
その言葉は中空に消える。モブの女の子は構わず地雷原に踏み込んだ。その目に映るのは豊饒の大地だったから。

はじまる恋の空模様は快晴だ。
時々曇り、大爆発が起こるでしょう。
そんな恋路が始まった。


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