マークの大冒険 古代エジプト編 | ピラミッドに眠る指輪
ホルスの完全顕現による騒動から一週間ほど経った頃だった。深夜、辺りが静まり返った時間にマークはホルスと話していた。
「いつまでぼーっとしている気だ?とりあえずここから出るぞ」
エジプシャン・ブルーの美しい片眼のアミュレットに閉じ込められたホルスがマークの周囲を周っていた。
「何言ってんだ、また勝手に。キャンプも破壊して、ボクらはこのプレハブに軟禁中なんだぞ」
マークは寝台に腰掛けながら、呆れた表情で言った。
「任せろ、案内してやるよ」
「案内ってどこに?」
「ピラミッドにだよ」
「ピラミッドに行ってどうするのさ?」
「指輪だ」
「指輪?」
「お前が持っている指輪の最後の1本を回収しに行くんだ。そうすれば、世界を手中に収められる。ピラミッドの最深部には、指輪が隠されている。指輪の中で最も強力な重力を操る指輪が」
「また世界征服の話か?キミには反省って考えがないのか?」
「なら、保険と考えればいい。どのみちお前も今は危険な立場にある。使わずとも、万が一に備えておくのは策だ。それに見たいだろう?お前が知らないピラミッドの未知の空間を。人間で見た者は誰もいない。お前が初めてピラミッドの隠し部屋を知る人間になる」
「未知の空間?ボクが初めての......」
「俺ならそこまで連れて行けるがな」
マークは考古学的な秘密の知りたさから、ホルスの誘いにひどく動揺していた。
「......」
「降神して俺をこのファイアンスから一時的に出すんだ。心配するな、この前みたいにデカくなったりしねえよ」
「キミは信用ならん」
「なら、ここで延々とぼーっとしてるのか?お前は仲間たちをこの状況から助けたいんじゃないのか?力がなけりゃ、守りたいものも守れない。掴み取りたいものも掴めない。お前はそれでいいのか?」
「.......分かった。一時的に協力しよう。だが、これ以上周囲に迷惑が掛かることには絶対に手は貸さない」
マークはしばらく沈黙した後にようやく口を開き、ホルスの提案に賛成した。そして、ファイアンスのウジャトを持って目を瞑り念じると、ハヤブサ頭の男神ホルスが姿を現した。
「人間サイズにもなれるんだな」
マークは隣に現れたホルスを見て言った。
「神にできないことはない」
「だが、この軟禁状態でどうやってピラミッドまで向かうんだ?外には民間の軍がライフルを構えて待っているんだぞ。下手に行動したら、調査隊のみんなに迷惑が掛かるし、最悪命も危うい」
「簡単だろう、頭を使え。お前には剣の指輪があるんだ。俺と戦った時、飛ばした剣と自分の位置が入れ替わっただろ?その指輪には剣がセットされている。念じるだけで良い。俺がここから思い切りピラミッドを目掛けて剣を投げる。剣がピラミッドの前まで近づいたら、俺たちの位置を入れ替えればいい」
「なるほど。だが、前に使った時みたいに剣が出ないぞ」
「まさか俺が創った虚数空間にセットされてた剣を全部置いてきちまったのか?」
「かもしれない」
「なら、この部屋に剣は置いてないのか?」
「あるわけないだろ」
「なら、そこにある筆でいい」
そう言ってホルスは、デスクの上に置いてあったペンを荒々しく手に取った。
「おい!それはボクが親父から入学式にもらった大事な万年筆なんだ」
「これをピラミッドに目掛けて投げる。それで指輪の力で入れ替わればいい」
「やめろ!」
「これから重力の指輪が手に入るんだ。こんな筆ひとつ、どうでもいいだろう?」
するとホルスは、マークの言葉を無視して窓からピラミッドを目掛けて万年筆を思い切り投げた。万年筆は風を切って轟音を立てながら、ピラミッドを目掛けて飛んでいく。
「俺に槍投げで並ぶ者はいない。百発百中だ」
「ふざけんな、このクソ野郎!!」
「今だ、入れ替わるぞ」
ホルスがマークを担ぐと、ピラミッドに迫った万年筆と彼らの位置が入れ替わった。マークたちがいたプレハブの床にすとんと万年筆が落ちて転がった。
ピラミッド前____。
深夜のエジプトは、昼間の暑さからは想像できないくらい冷え込んでいた。観光客の姿もなく、辺りにはマークたちだけだった。
「キミは人の気持ちを考えるところから始めた方が良さそうだな。本当に人間から崇拝されてた神なのか?あまりに傲慢でひどく驚くよ」
「人間の気持ち?そんなものに興味はない」
「どうしようもない奴だな」
マークは呆れ果てていた。
「ひでえな。化粧石が全部剥がれてやがる」
ホルスは腕を組みながら、月明かりで照らされた目の前のピラミッドをまじまじと眺めていた。
「ピラミッドの化粧石は、随分と前に建材として剥がされてしまったんだ」
「俺の家にイタズラした奴に会ったら殺してやる」
「とうの昔のことだから、化粧石を剥がした連中はとっくに死んでるよ」
「それでも殺す」
「はいはい、殺す殺すばかり物騒だから早く中に入るよ」
マークはそう言って、ピラミッドの中に入って行った。二人は大回廊を登り、王の間に到着した。
「そういえば、今回はずいぶんと長く姿を保てるんだな」
疑問に思ったマークがホルスに問い掛けた。
「ここは聖域内だからな、元の姿を保てるのさ。だが、一歩でもここから出たら、またファイアンスのやきものに元通りだろうな」
「それで、未知の空間にはどうやって行くんだ?ピラミッドは、この王の間で行き止まりだぜ?」
「見てな」
ホルスの片眼が青白い光を発し始めた。彼はその眼で壁のあちこちを見渡し、壁面のいろいろな箇所を手の平で触っていった。すると、背後から轟音が響き渡った。
「こっちだ」
ホルスは先ほどの大回廊の方へ向かった。マークがホルスの背中を追うと、大回廊の壁が変形しており、奥には階段が続いていた。
「マジかよ……」
「来い」
真っ暗闇の階段を二人は上がっていった。
「なんだこの鍵は?こんなのなかったはず。誰の仕業だ?とにかく手っ取り早くぶち壊すか」
そう言ってホルスが扉に思い切り拳を振ると、激しい火花が散ってホルスの拳は弾き返された。
「チッ!!強力な魔法が掛けられている。面倒なことになったな」
ホルスは青白く光る眼で目の前に塞がる扉を怪訝な顔つきで見ていた。マークはスマホのライトで扉を照らし、エジプト・ヒエログリフによって飾られた扉の暗号版をまじまじと眺めた。
「どいてみな。暗号解読と言えば、このマーク様の十八番じゃないか」
マークは扉の端から端までライトで照らし、何かを考え込んでいた。
「なんだ、簡単さ。かなり原始的な暗号だよ」
マークは、文字のパネルを順に押していった。
「シーザー暗号さ。3文字シフトの変換ルール。アラン・チューリングなら瞬殺だろうね」
「誰だそりゃ?」
「英国の数学者にして暗号解読の天才。コンピュータの父。まあ、キミは知らなくていいさ。それで、なになに?混沌より生まれし光?ヘリオポリス神話のラー・アトゥムのことか?どういう意味なんだろう」
「意味なんてないだろう。扉は開いたんだ。そんなのどうでもいい、行くぞ」
そう言ってホルスは扉を押し開けた。すると、そこには闇に包まれた巨大な空間が広がっていた。空間の奥の方に薄暗い緑色の火が揺らめき、辺りを鈍く照らしている。
「こんな仕掛けがあったなんて。ミューオンの透視測定で大回廊の上に空間は検知されていたが、充填剤を積めただけの空間だと思っていた。それが本当に隠し部屋だったなんて。しかもなんだこれ、ミューオンで検知された空間は30平方メートル程度だったはずだが、それを遥かに超える空間。広すぎる。明らかにピラミッドの全長より大きい。どうなってるんだ?」
「神界に一番近い場所。いや、世界の始まりの地、始祖の座標と言った方がいいか。まあ、そんなことより、あの光の方に向かうぞ」
「あの炎は?」
「指輪の位置を示しているんだよ」
ホルスはそう言って、緑の炎を焚く祭壇へと歩いて行った。マークもホルスの背中を追って歩き出す。
「炎の中に指輪が浮いている?」
マークは、火が灯された祭壇に置かれた指輪をまじまじと観た。
「これだ。重力の指輪」
ホルスは炎の中に手を入れて、指輪を掴んだ。
「熱くないのか?」
「まさか」
「ブロンズ製なのか?」
「素材はな。わざと粗末に見せかけてるのさ」
「そういうことか」
「ほら、持ってろ」
ホルスは、そう言ってマークに重力の指輪を手渡した。
「次は果実だ」
「果実?」
「黄金の果実だ。あれがあれば、世界を完全掌握できる」
「どうしてキミは、そんなに世界征服にこだわるんだ」
「そりゃ、支配した方が気分が良いからだ」
「理解ができんな」
「それと、俺はある奴を探している。そのためには世界を支配して情報を集める必要がある」
「探している奴?」
「全ての争いの元凶、お前ら人間を今のような狡猾な存在にした奴だよ」
「どういうこと?」
「お前ら人間には始め知能がなかったが、一人の人間が知恵の果実を食べて生意気にも頭だけは神と一緒になっちまった。だが、神はお前ら人間と違って嘘はつかない。お前らを狡猾でずる賢くした奴がいる。知恵の果実を食べるように持ち掛けた奴だ。そいつは知恵と同時に人間に嘘をつくことを教えた。嘘は争いを招くトリガーになるからだ。奴は厄介なことにいろいろな時代と場所で姿を変えながら現れる。奴こそ、この世で最も俺の驚異となる存在」
「キミにも怖いものがあるんだな」
「怖い?目障りなだけだ」
「それで?」
「かつてトロイアの地で、人類史上最大の争いがあった」
「トロイア戦争?」
「お前らはそう呼んでいるらしいな。あの戦乱もそいつの仕業だ。わざと人間が争い合うように計画したんだ。そして奴は、トロイアの人間の王に黄金の果実を手渡した。その後、果実の行方は不明となった。そして、それからずっと後の時代に、奴は十二人、いや十三人の弟子をとり、そのうちの一人に秘密を明かし、もう一人にはイアルを開く鍵を与えた。秘密を明かした弟子には裏切り者の役を演じるように命じ、鍵を渡した弟子には自分の思想を広めるように命じた。裏切り者の存在で弟子たちに不信感を抱かせ、トロイアの時と同じように意図的に弟子たちが仲違いし、分裂するよう計画した。悪意と憎悪が人間を最も動かす同源力と知っていたからだ。その目的は、弟子たちが世界にそれぞれ散らばることで、自分の思想を伝播することにあった。複数の弟子たちによって思想にヴァラエティが生まれ、多様性を獲得することで淘汰を防いだ。オリジナルの肉体は滅びても、自分の思想が周りに息づくことで、奴はいつでも自在に誰かから復活を果たすことができる。そうやって、精神のスペアを無数の人間たちの中につくって、永遠を手にしたんだ」
「なんとなくだが、彼らに心当たりがある」
「かつて俺は、そいつが従えた連中に封印された。同胞は消されるか、一部は多神教が一般的な東方に逃げ落ちたみたいだがな。俺は真っ正面から奴らと戦った。だが、奴らは入念だった。世界中に点在する俺の神殿を予め破壊していたんだ。俺は奴らに封印され、そうして神が人間を支配する時代から、人間が人間を支配する時代になった。お前も気をつけろ、奴らは白百合の紋章と共に現れる」
「フルール・ド・リス」
「は?」
「もしかしたら、キミよりボクの方が彼らについて少しだけ詳しいかもしれない______」
To Be Continued…
Shelk🦋