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マークの大冒険 現代日本編 | 秘密を語りし者


前回までのあらすじ
母校の大学で教授となり、日々講義を行っていたマーク。古代エジプト研究の権威としての立場を築き、また古銭学を日本に初めて本格的に導入した業績でも評価され、業界ではある種の名物教授となっていた。発掘調査の費用を稼ぐためにメディアにも積極的に出演し、各方面からの人気も集めていた。全てが順風満帆に見えた。そんなある日、彼の秘密を暴こうとする一人の学生が目の前に現れて_____。


「......キミはどうして、ボクが果実を持っていると思ったんだい?」

「それは_____。全ての答えは、文献の中に既にある。教授の著作の言葉ですよ」

「それじゃあ、キミはボクがタイムトラベラーか何かで、いろんな時代を行き来してたって言うのかい?」

「はい。その通りです」

「そんな馬鹿げた話があるかい?」

「でも、それが事実です。そうした結果が現実としてある。エジプトのサッカラで起こったホルスの顕現事件。もちろん、覚えてますよね?公式では砂嵐に光を照射したプロジェクションマッピングを用いたイタズラとして片付けられていますが、本当にそうでしょうか?私は何度も映像を観返しましたが、納得できませんでした。あれは、この世の中では説明できない現象です。そして、教授はその事件の日に発掘現場にいました。教授がサッカラに訪れた際の集合写真で、ブロンズの指輪をはめているのも確認済みです。大学図書館で教授がサッカラの発掘調査に参加していたことも、当時の集合写真の存在も証拠は押さえています」

「......」

「フェルセンの日記にホルスを従える人物は、太陽の光線を模したような見たこともない不思議な模様のブロンズの指輪をしていたと記されています。教授が発掘メンバーと食事をしている様子の記念写真に、フェルセンが記録している模様が見受けられる指輪がはっきりと写り込んでいます。ここまでの一致があるでしょうか?」

「......」

「自分に嘘をつくことほど、苦しいことはない。これも教授の著作の言葉です」

マークはしばらくの沈黙の後、女学生の方を真っすぐに見据えて口を開いた。

「驚いたよ。キミは天才かもしれないね。そして、その執念は必ず研究を成功させる力となる。醜い嘘をついて申し訳なかった。本当にすまない。キミの言うことに間違いはない。一体どこから話せば良いか......」

「どこからでも聞きますよ。昼休みは、まだたっぷりありますから」

「ボクは、18歳の時にサッカラの発掘現場でホルスと出会った。ある日ボクら調査隊は未開封の墓を発見し、本格的な発掘は翌日行われるはずだった。だが、墓を発見した日の夜、ボクは不思議な声に導かれてキャンプの外から出た。導かれた先は、昼間に発見された未開封の墓だった。ボクは好奇心が抑えられず、墓に無断で立ち入り、ホルスを封印していた棺を見つけた。棺の蓋を開けると、ホルスはボクを襲ってきた。だが、たまたま骨董屋のセールコーナーで買った指輪がアムラシュリングと呼ばれる魔法の指輪だった。ボクは指輪の力でホルスを返り討ちにし、主従契約を結んだ。だが、ボクが無許可で深夜に発掘現場に立ち入ったことで、翌日の朝に大騒ぎとなった。ボクら調査隊の発掘調査は中止となり、メンバー全員が盗掘を疑われてキャンプに軟禁状態となった。そんな時、ホルスがボクを騙して自身を閉じ込めるウジャトの封印を解こうとした。ホルスが封印を解こうとして起こったのが、ホルスの顕現事件だ。この事件に世間の注目がいったことで、ボクら調査隊は軟禁状態から解放された。だが、発掘の打ち切りは変わらず、半ば強制的に帰国することとなった。好奇心は、時に身を滅ぼす。プリニウスのように。ボクの好奇心のせいで調査隊は発掘権を失い、メンバーの研究キャリアまで奪う形となった。それなのにボクだけが、こうした立場にいることを心苦しく思う」

「教授の地位を貶めるつもりはありません。ただ、私は果実について知りたいだけです」

「ホルスが封印されているウジャトと共にボクは帰国した。帰国前に分かったことは、契約者の意志でホルスを一時的に封印から解放し、呼び出せることだった。だが、その力は本来のホルスの能力より遥かに抑制されたもので、顕現時間も数分程度、おまけに一度呼び出すと次に呼び出すまでに120時間、すなわち5日間の時間がかかる。これは宇宙の女神ヌウトが太陽神ラーの目を欺いて、秘密裏に子どもを産むのに掛かった時間と関係している。ともかく、最初はウジャトをエジプトに置いていくつもりだった。でも、ボクはホルスと契約を既に結んでいたことから、ウジャトはどこまでもボクを追いかけて来た。観念したボクは、そのまま帰国し、ウジャトを祖父に見せた。科学者だった祖父はウジャトを調べ上げ、ホルスの時間移動の能力に気づいた。祖父はホルスのこの力を応用し、長年の夢だったタイムマシンの開発に成功した。ホルスは天空神であると同時に、時を自在に行き来する能力を持っていると文献でも記録が残っているが、その通りだった。オシリスとセトの兄弟に大ホルスという名の神がいるが、これはオシリスの息子の小ホルスと同一の存在なんだ。ボクらからしたら理解し難いが、時空を超える神には、こうした矛盾が普通に成立する」

「時空を越える力を手にし、それから黄金の果実の記録が残された時代に向かった?」

「ああ、その通りだ。ボクもキミと同じく果実に強い興味を持っていた。この目で一目見てみたかった。それからボクは、トロイア戦争が行われた時代のギリシアに訪れた。もちろん、オデュッセウスやアキレウスら英雄とも会ったよ。ボクはアカイア軍に協力し、トロイア王国の城壁を彼らと共に突破した。オデュッセウスが考案したトロイアの木馬作戦だ。ボクは王宮に侵入し、王の間でトロイア王プリアモスと会った。プリアモス王は戦況を察し、自害寸前のところだった。すると彼は、ボクに王子アイネイアスの亡命の協力を引き換えに黄金の果実を託した。果実を使えばこの状況を打開できるのになぜ使わないのかとボクは訊ねたが、ほんの少しの差で彼は既に自害し、事切れていた。ただ、それは使わないことこそが最善とプリアモスは分かっていたからだ。果実を使うことで、争いが終わりなく繰り返されることになる。長きに亘る戦争に終止符を打つため、賢王プリアモスは敢えて果実を使わなかった。そして、親族や敵方に渡らぬよう部外者のボクに託した。ボクは果実を受け取り、アイネイアスをイタリアのラティウム地方まで案内した。トロイアから対岸のトラキアに渡り、そこからエーゲ海を南下し、クレタ島に上陸すると、西に進んでペロポネソス半島に入った。半島からシチリア島に渡り、イタリア半島に上陸した後、北上してラティウムに辿り着いた。長い旅だった。ボクはプリアモスとの約束を果たし、一度元の世界に戻った。そして、しばらくするとローマに眠る聖盾アンキリアを探すため、共和政末期を目指した。アンキリアを競売に掛け、一攫千金を狙っていた。アンキリアの探索と同時にブルートゥスと接触する計画も立てていた。彼を筆頭とするカエサル暗殺メンバーに配られたブルートゥスの肖像入りアウレウス金貨が狙いだった。

「確か現存数は3枚。英国の競売で、3億円のオークションレコードを記録した例の金貨?」

「ああ、その通りだ。ブルートゥスに協力して彼のアウレウス金貨を手に入れて競売に掛けるつもりだった。アンキリアはローマのポンペイウス劇場の秘密の地下部屋で発見したが、ヌマ王の霊に持ち出しを止められ、断念した」

「第2代ローマ王、サビニの賢王ヌマ・ポンピリウス?」

「ああ、間違いない。アンキリアを回収した途端、建物の屋根が崩れ落ちてね。ボクは瓦礫で圧死する寸前だった。だが、ヌマ王がアンキリアを返還すれば、救済するという条件を出し、ボクは渋々交渉に応じた。カエサル暗殺メンバーに入会した誓いの証としてブルートゥスから配られたアウレウス金貨は、孤児救出のため娼館に託した。ローマの至るところで見る孤児たちの光景にボクは耐えられなかった。ローマで稼いだ報酬は、全て孤児たちのために使った」

「ローマでは娼館が孤児を引き取り、食事を与えて将来の従業員にするために育てていた」

「そうだ。それが彼らにとっての幸せかは分からない。でも、孤児たちが餓死していく姿にボクは耐えられなかった。一時的にでも、彼らの食い扶持が見つかるならと思った」

「きっと、彼らも救われたはずです」

「そうだといいが。だが、黄金の果実を持ち、ブルートゥスたちに協力して歴史を大幅に改変しようするボクは、神々から危険視された。黄金の果実は、世界の誕生と同時に誕生した器なんだ。だから、神々もその存在を恐れていた。ローマの秩序を司るウェスタは果実を早急に返還し、ブルートゥスらへの協力を辞めるようボクに求めた。だが、ボクは友情を取り、これを拒んだ。ウェスタは、世界の創造主にして神々の王ラーに協力を要請した。ボクはホルスと共にラーとウェスタと対峙した。神々の圧倒的な力を前に追い詰められたボクは、果実を使用した。だが、果実はボクの願いを聞き入れることを拒み、竜巻と共に姿を消した。ボクはブルートゥスとカッシウスが史実通り、フィリッピで討たれることを了承し、ウェスタから許しをもらった。だが、ブルートゥスとカッシウスが冥界に渡る河を渡る前に少しだけ時間をもらって花見をした。ボクは彼らに戦うことだけが栄光と幸福ではないことを知ってほしかった。彼らと共に、おにぎりや天ぷらを桜の木の下で食べた。二人は満足げに旅立ち、ボクはコレクションのローマコインを彼らの渡し船の代金として与えた。それで全てが終わると思っていた」

「でも、紛失した果実がロベスピエールのもとに?」

「ああ。厄介なことに果実はフランス革命期に姿を表し、最悪なことにロベスピエールの手に渡っていた。元の世界に戻ってから、フランス語の文献の中で、ロベスピエールが果実と思わしきものを手にして処刑を繰り返したという見たことのない新しい記事を見つけた。恐怖政治で数え切れないほどの人間を断頭台に送った男だ。このまま放置していたら、何が起こるか分からない。過去と未来が次第に変わっていく可能性が大いにある。ボクはひどく焦った。とにかくロベスピエールから果実を奪還するため、革命期のフランスへ急いで向かった。だが、ローマの竜巻で、ボクはホルスを呼ぶウジャトもアムラシュリングも失っていた」

「それから?」

女学生は、食い入るようにマークの話に耳を傾けていた。

「文献の中で、世界最強の国家フランスがこの世を支配するための秘宝を所有しているという記事を見つけた。ボクはフランス革命期の国王ルイ16世に近づき、フランス王家の隠し金庫を探った。隠し金庫の場所を突き止められないまま、ルイ16世は革命政府によって捕らえられた。だが、処刑の寸前、ルイ16世から印章指輪を託された。キリストの精霊を象徴する鳩の姿を描いた印章指輪は、隠し金庫を開く鍵になっていたんだ」

「隠し金庫はどこに?」

「隠し金庫は、ヴェルサイユ宮殿の噴水下にあった。噴水の水面下に隠し階段があり、その奥に金庫に繋がる頑丈な扉があった。印章指輪を鍵とする金庫の鍵は、錠前造りが趣味だったルイ16世が造ったものだった。金庫の中にはウジャトとアムラシュリングが眠っていた。ボクはこれらを回収し、その他の財宝には一切手をつけず、印章指輪は幽閉されていたマリー=アントワネット王妃に託した。無念にも王妃は途中で捕らえられ、処刑された。そして、印章指輪は彼女の遺書と共にロベスピエールの手に渡り、彼のベットの下に乱雑に放置されたまま、親族に届けられることはなかった。ロベスピエールが処刑され、しばらくした後、印章指輪と遺書はようやくルイ18世にもとに届けられた。それと、ボクには一人息子がいる。瑠唯(ルイ)という漢字を当てているが、本当の名はルイ=シャルル・ド・フランス、ルイ16世とマリー=アントワネット王妃の子ルイ17世だ。死に際のルイ16世と生前のマリー=アントワネットに家族を守ってほしいと頼まれた。だからボクは、二人との約束を果たすため、衰弱していたルイ17世を救出し、養育することにした。瑠唯とは、瑠璃のように輝く唯一の存在という意味だ。王は唯一の存在。そして、彼が真の王であることが分かるように王という編を組み込んだ漢字を使った」

「病死したとされるルイ17世は、生きていた?それも今の世界で!?」

「そうだ」

「それが教授が見た、いや、創ったもうひとつの歴史......」

「そういうことになるのかもしれないね。そして、ロベスピエールとの決戦に向かったボクらだが、一度は戦いに敗れ、撤退した。果実を操るロベスピエールの力は強大だった。そこでボクらは、ウェスタに果実の攻略の秘策を訊ねに行った。彼女によれば、2対6本存在するアムラシュリングを同時に使った時、果実は弱体化するとのことだった。そして、ボクが持つ3本のアムラシュリングと対になるアムラシュリング・オチデンタルをウェスタが所有していた。ボクはウェスタにもうひとつのアムラシュリングを貸してほしいと頼んだ。だが、アムラシュリングを同時に使った者は、命を落とすとのことだった。ボクは迷った。しかし、ホルスの案で、ボクとホルスが対になるアムラシュリングをそれぞれ身につけ、呼吸を合わせて全く同時のタイミングで使えば、命を落とすことなく、効果をそのまま発揮できるかもしれない、という賭けに出た。そんなことはかつて誰も試したことはなく、ウェスタさえ結果は分からないとのことだった。それでもボクらは、やるしかなかった。激戦の末、ボクらはロベスピエールから果実を奪還した。ボクは二度とロベスピエールの時のような惨劇が起きないよう、ウェスタに果実を返還した。そしてウェスタは、果実をオチデンタル・ウィンドという別世界の秘密の座標に隠した。だから果実はボクらでは、既にアクセスできない場所にある。果実の在処は教えられないというより、ボクも果実の在処を知らないんだ」

「そうですか......」

「自分に嘘をつくことほど、苦しいことはない。キミの言う通り、いつか書いた本でボクはそう述べていたね。でも、そんな自分が誰もよりも自分に嘘をついてきた。これがボクの真実、正体だ。メディアが持ち上げたベールに隠れた真実の姿。いつか誰かが暴いてくれることを心のどこかで期待していた。その方が楽になれると。誰かに真実を聞いてほしかった」

「真実を聞けて良かったです。どんな文献にもない情報ですし。教授の話を口外したりはしないですよ。私、利口ですから。ただ、果実の在処は突き止める。たとえアクセスできない場所にあったとしても。ウェスタのところに連れて行ってください。その人に在処を聞きます」

「残念だが、ウェスタは今、眠りについている。ボクらが生きている間に彼女が目を覚ますことはない」

「それでも良いです。私をウェスタのところに連れて行ってください」

「しかし......」

女学生は、強い眼差しでマークを見据えていた。その目は本気で、一歩も引かない意志を示していた。




🦋🦋🦋



ウェスタの間____。



「キミの熱意にやられたよ。それにキミには一切、誤魔化しは効かなそうだからね。全て正直に話そう」

「空きテナントの最上階が、こんな場所に繋がっていたなんて......」

「ここは昔、古書店だったんだ。だが、継ぎ手がいなくてね。店主の引退と共に閉店したんだ。でも、ウェスタの間に繋がる特別な場所だったからね。ボクがこのビルを買い取ったんだ」

アレクサンドリア書房 玄関

二人は会話しながら、奥へと進んで行った。

「ここがウェスタの間?」

「ああ」

「この水晶の中で眠る人がウェスタ?」

「そうだ」

「綺麗な人......」

「ああ、この世で最も美しい存在だ。ボクは、かつて彼女に恋していた。叶わぬ恋だったけどね。ボクにもそういう青春があった。純潔の女神ウェスタ、その正体は支配と秩序の女神だった。この世界を支配し、宇宙が創りした秩序を永遠に維持する。彼女はボクが引き起こした歴史改変で生じた穴を修復するために力を使い果たし、今は休息の眠りについている。ボクはたまにここに来て、彼女を眺めるんだ。彼女からは、もちろん何も返答はないけれどね。罪滅ぼしってわけではないけど、何となく来ては、彼女を眺めるんだ」

「それはちょっと悪趣味かも」

「かもね。でも、あの日の思い出が、ボクを動かす原動力になる。キミにも、そういう特別な人がいないのかい?」

「いないですね。恋愛は気の病ですよ。時間の無駄。興味ないです」

「ボクも昔、ナポレオンに同じ質問をされたことがあってね。その時は、キミと同じように答えた。だが、そのうちキミも、そういう相手に出会うかもしれない。こればっかりは、分からないものさ。ボクだって、そう思っていた。何事も物事は唐突に訪れる」

「語りますな〜教授。急に」

「キミと話していたら、昔をいろいろ思い出してね。ま、おっさんの独り言と思ってくれ。でも、キミにもいつか分かる日が来るさ」

「どうかな」

「それより、今さらだが、キミの名前を聞いてなかったな」

「私ですか?私の名前は、早川、早川夜(ハヤカワ ヨル)です」

「早川?」

「どうかしました?」

「昔、同じ名前の子が近所にいてね。その子のことを思い出したよ」

「ええ、そうです。教授がよく知っている早川瞳の娘です」

「は!?それじゃ、キミの母親、瞳が死んだ......?」

「母さんのこととなれば、話は別ですよね。さっきのように、キミのお母さんのことは気の毒だが、果実のことは諦めたまえ、で済ませられますか?だって教授は、母のことも好きでしたもんね」

「え!?」

「それと私、ホルスの力で未来から来てます」

「は!?」

「よう、マーク。久しぶりじゃねか」

ホルスがマークの前に急に姿を現した。

「え?は?どうなってる!?情報量が多すぎて。ちょっと待った!いったんタンマ!」

「どういうことって、そういうことです」

「おい、ホルス、瞳のことをこの子に話したのはお前だろう!」

「知らねえな」

「ふざけんなよ!だが、どおりでキミは見ない顔だと思った。そういうことか」

「母は死にました。でも、死ぬべきではなかった。いや、この世界の秩序のために死んではならなかった。教授、私と一緒に来てくれますよね?」



To Be Continued…



Shelk 🦋

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