マークの大冒険 フランス革命編 | マリー=アントワネット奪還作戦
「マジかよ、ボクが消えるのか?そんな......」
マークの身体が透け始めていた。彼は自身の透けた手を見て驚きを隠せない表情でいた。
「おい、嘘だろ?!行くな、マーク!!」
どんどん透けて薄くなるマークを見たホルスは、マークの腕を掴もうとするが、容易くすり抜けた。
「ホルス、助けてくれ!!」
マークの悲痛な叫びが轟いた。その叫び声の後、彼の姿は完全に消えた。
「マーク、どこだ!どこに行った!!」
ホルスは大声でマークの名を呼ぶが、消えたマークが戻って来ることはなかった。
🦋🦋🦋
息を切らせたホルスは、白い部屋に立っていた。
「白き部屋。ようやく見つけたぞ。マークが言っていたウェスタの眠りの場。ウェスタ、どこだ!」
ホルスは、焦りと苛立ちが混じった様子で白い部屋を進んでいった。
「ここにいたか」
ホルスの目の前には、クリスタルの結晶の中で眠るウェスタがいた。
「ウェスタ、起きろ!」
ホルスはクリスタルに拳をぶつけるが、ヒビひとつ入らない。続けて何度も殴り続けるが、ウェスタを覆うクリスタルは全くびくともしない。するとホルスは、空間から長槍を取り出し、投げ飛ばす構えを取った。彼の左眼が青白く光る。
「少々、手荒だが文句は言うな」
そう言ってホルスは、長槍をウェスタが眠るクリスタルに向けて投げ放った。槍が当たったクリスタルにはヒビが入り、その亀裂が次々に広がって、ついには砕け散った。クリスタルから飛び出した眠るウェスタをホルスが抱きかかえるように支えた。彼女を包んでいた水が床へと滴っていく。彼女は髪の毛から足先まで全身が濡れていた。無理やり眠りから覚まされた彼女は、ゴホゴホとむせながら徐々に目を開けていく。
「ホルス......?」
「手荒ですまん、だが、時間がなかった」
「何が、起きたの?」
「マークが消えた」
「あの子、また運命に抗ったのね」
「分からないが、突然透け始めて消えた」
「他者の犠牲より、自らの犠牲を選んだのね」
「アイツはそういう奴だ。頼む、助けてやって欲しい」
「ホルス、あなたにしては珍しく人間に肩入れしているのね。鯰王ネメスまたの名をナルメル以来じゃない?あなたはこれで自由になったというのに。間接降神の主を失ったあなたは、契約から解き放たれて晴れて自由の身。ずっとそれを望んでいたのではないの?」
「頼む、マークを助けてやってくれ」
「今回ばかりは、もう難しいと思う。本当に残念だけど。私でも、どうにもならない」
「そんな......」
🦋🦋🦋
1793年、フランス共和国パリ市____。
コンシェルジュリー牢獄の門前で、マークとフェルセンが身を潜めていた。
「それで、ここまで来たはいいが、どうするんだマーク?」
フェルセンがマークを横目に訊ねた。
「実は何も考えてないんだ」
「おい、冗談はよしてくれよ」
「いや、残念ながらマジだ」
「捕まったら、キミも私も確実に断頭台行きだぞ!」
「ああ、分かってる。作戦はシンプルだ。逃げも隠れもせず、正面突破する!」
「おかしくなったのか?それじゃ、作戦ではないだろう?無駄死にする気か?私たち二人だけで突破できるわけがない」
「まあ、焦るなフェルセン。独立戦争の時と違って、今のボクはいろいろと持っている」
「いろいろと持っている?」
「すぐに分かるさ、着いてこい。秒速で制圧する!」
「ああ、神よ」
マークはそう言って、正面からコンシェルジュリー牢獄の門に向かう。フェルセンもマークの後を早足で追う。マークとフェルセンの姿を見た門番たちは、即座に怪しげな二人に気付いた。
「お前ら、何者だ?見ない面だな」
「いや、ちょっと待て。こいつらどこかで見覚えがあるぞ。確か......。ああ、処刑リストに入っている王党派のマークとフェルセンだ! 間違いない!!」
もう一人の門番が記憶を巡らせ、マークたちの正体を見抜いた。
「有名人でありがたいね。変装ぐらいしてくれば良かったか?まさかここまで知られているとは思わずね」
マークがそう言うと、同時に出現した2本の鞘入りの剣が門番たちの腹部にそれぞれ勢い良く当たり、彼らは一瞬にして気絶した。
「おい、一体どういうことなんだ。今のはどうやった?」
「説明は後だ。とにかく先を急ぐぞ。それとフェルセン、あらかじめ言っておくが、殺しはナシだ」
門を突破したマークは、マリー=アントワネットが閉じ込められているコンシェルジュリー牢獄の敷地内へと入った。
「広過ぎる。これじゃ、王妃がどこにいるか分からない」
フェルセンは、後ろに追っ手がいないかを確認しながら、焦り混じりにそう言った。
「心配するな、王妃の独房は把握している。あらかじめ送ったカーネーションに手紙を仕込んで、返信用の紙切れに独房の位置を伝えるよう指示しておいた」
「カーネーション?」
フェルセンの困惑にはお構いなしにコンシェルジュリー牢獄内の騒がしさに気付いた衛兵たちが、マークたちの元にやってきた。
「侵入者だ!捕らえろ!!」
「マーク、まずい。囲まれている!」
フェルセンが悲鳴のように叫んだ。
「大丈夫だ!」
マークはそう言うと、アムラシュリングの力で12の盾を出現させる。そして、盾はマークたちを取り囲む衛兵たちを勢い良く吹き飛ばした。衛兵たちは激しく倒された勢いで、みな気絶した。フェルセンは、茫然とした姿でその様子を見ていた。
「お見事......!」
「礼も褒め言葉もいらん。さっさと先に行こう!」
辺りの騒ぎを不審に思った衛兵たちが続々と駆け付けてくる。
「思ったよりも数が多いな」
遠目に見える衛兵たちの姿を見たマークは愚痴をこぼした。
「もう面倒だ、ホルス、ぶち壊せ!」
マークがそう言うと、彼の足下に真っ赤な片眼の紋章が現れた。すると、どこからともなくハヤブサの鳴き声が甲高く響いた。上を見やると天空には黄金色に輝くハヤブサが飛翔していた。黄金のハヤブサはマークたちの元に向かって急降下し、ハヤブサの頭部を持つ男神ホルスに姿を変えて着地した。着地の勢いで、辺りには砂埃が激しく散る。
「ホルス、大暴れの時間だ!」
マークがそう言うと、ホルスは牢獄の強固な外壁を拳で突き破った。ホルスが空けた孔からマークは牢獄内に侵入する。
「フェルセン、こっちだ」
「あ、ああ......!」
フェルセンは目の前で起きていることが理解できないまま、マークの背中を負った。
「ホルス、足止めは任せた!」
ホルスは無言で頷き、振り返って衛兵たちの方へ向かった。
「あれは一体何なんだ!?」
「その説明も後だ!」
マークは牢獄内を走りながら、そう答えた。
「マーク、キミは一体何者なんだ?」
戸惑いの表情を見せるフェルセンは、状況の理解に苦しみながらマークの後を追う。
「もう少しだ!」
王妃の独房を目指すマークは、走るスピードを緩めない。疾走するマークとフェルセンの姿に驚く受刑者たちが檻越しに彼らを凝視する。不思議なことにマークが通過した檻の鍵が次々に開いていく。
「ひゃっはー、大サービスだ!」
マークは、そう叫びながら前に進む。重力の指輪アムラシュリング・グラウィタスの力でマークは、通り過ぎる檻の鍵を全て壊していたのである。牢獄内に受刑者たちの歓喜の声が上がった。
「ここだ!」
「マークなの?」
独房の分厚い扉越しにマリー=アントワネットの声が聞こえる。
「ああ、そうだ!キミを迎えに来た!!フェルセンもいる」
「フェルセンも?本当なの!?」
「今、扉をぶち壊す!扉から離れるんだ」
マークはそう言うと、アムラシュリング・グラウィタスの力で扉を思い切り変形させる。すると、扉は重い音を立てながら、ずしんと音を立てて倒れた。
「マーク、フェルセン!!」
目の前には、美しいブロンドから白髪になり、いかにも疲れ切った容貌の王妃が佇んでいた。だが、その青い瞳の奥には、まだ希望の光があった。
「ヒーローの登場だぜ!」
マークは、お調子者といった感じでそう言った。
「マリー=アントワネット様、今助けに参りました!」
フェルセンは王妃を優しげな笑顔で見つめ、手を差し伸ばす。
「おいおい、良いとこ取りかよ!ほとんどボクの活躍だぜ?」
「ありがとう、マーク」
フェルセンは、嬉し涙を浮かべていた。
「早くここから脱出しよう!すぐに衛兵たちが追いかけて来る」
マークは逃げる時間が少ないことを告げる。
「ああ、行こう!」
フェルセンはそう言って、マリー=アントワネットの手を強く握って駆け出した。
「フェルセン、待って。まだ子どもたちが!タンプル塔に閉じ込められているの。子どもたちを置いてはいけない!!」
「でも......!ここで立ち止まったら」
「子どもたちはボクに任せろ。キミたちだけでも先に逃げるんだ!」
「キミだけ置いて行くなんて」
フェルセンはマークを置いていくことに躊躇した。
「ボクは大丈夫だ。この力を見ただろう?キミらは先に行け!ボクを信じて欲しい。大丈夫だ」
「分かった!マーク、また必ず会おう。必ずだ!」
「子どもたちをお願い。あの子たちは、この命と引き換えにしても守ると決めたの」
「ああ、絶対に助ける!」
「マーク、あなたを信じるわ」
王妃がマークに言った。
「キミたちはコブレンツを経由してオーストリアに亡命するんだ。フェルセン、スウェーデンには二度と戻るな。死ぬぞ。最初はキミを全てを持ったいけすかないモテ男と思っていたけれど、フェルセン、キミは良い奴だ。生きていて欲しい」
「なぜスウェーデンが危険なんだ。私の故郷が最も安全だ。仲間も多い。王妃を匿うには最適だ」
「フェルセン、キミはこの革命の収束後に祖国スウェーデンで元帥にまで上り詰める。だが、圧政による反乱で暴徒たちにリンチされ死亡する。だから行くな」
「やっぱりキミは、未来人なんだな。独立戦争からもう10年以上経つというのに、あの頃と見かけが少しも変わっていないのを不自然に思っていた」
「そうだ。ボクはキミらの未来から来ている。状況が呑めないだろうが、今は時間がない。コブレンツに王党派の支部がある。ルイの弟たちプロヴァンス伯とアルトワ伯もそこにいる。二人と合流して、これからのことをよく相談するんだ。キミらのオーストリア行きの亡命ルートは王党派のメンバーに伝えて既に手配してある。子どもたちのことは、ボクが必ず何とかする。だから信じてくれ。それと最後に、これを返しておく。ルイの印章指輪だ。断頭台に上がる直前に預かった」
「マーク......」
「最後までそばいたのに、ルイを救えなくて申し訳なかった。あの時のボクでは、力が及ばなかった。本当にすまない」
「あなたは尽力したわ。感謝し切れないくらい。寡黙なあの人が、あなたの話になるといつも顔が明るくなったの。それが何だか私も嬉しくて。彼はあなたに会えて幸せだったと思う」
「ヴェルサイユ宮殿の地下に、その印章指輪で開く隠し金庫がある。そこにブルボン家の財宝が眠っている。それをどう使うかはキミらの自由だが、今度は人々のために使って欲しいとボクは願う」
「約束するわ、マーク」
「ノブレス・オブリージュ。高貴な者は、弱者を庇護する責任を伴う。持てる者は、持てない者のために。王は国民のために奉仕する者。人のため、みんなのために生きるんだ。キミを牢獄に追いやった国民を決して恨んではいけない。人は赦すことからしか始まらない。それをキミに分かってもらうためにボクは来た」
「ありがとう。分かったわ、マーク」
「たとえ東の風が吹こうとも、ボクらの冒険は終わらない!」
フェルセンとマリー=アントワネットの二人は、マークの言葉に頷くと手を握り合って走っていった。マークは二人の背中をしばらく見つめた後、駆け出した。牢獄から出たマークは、指笛を吹く。すると、黄金のハヤブサの姿のホルスが空からマークのもとに飛んできた。マークはホルスの背中にまたがり、王妃の子どもたちが幽閉されたタンプル塔に向かった。
To Be Continued...
Shelk🦋