'めぐり逢わせのお弁当 / Dabba / The Lunch Box' (2013) dir. Ritesh Batra
インドの大都市ムンバイのオフィス街には人が溢れている。昼時ともなると、ダッバーワーラーという配達人が、家庭で作られた出来立てほかほかのお弁当を各オフィスに配って歩くのだ。若い主婦イラも、慌ただしく娘を小学校に送り出すと、夫のために腕を振るった4段重ねのお弁当を急いで仕上げる。ダッバーワーラー達は時間に正確だからだ。アパートの上階に住む叔母は、料理こそが夫の愛情を取り戻す最良の方法だとイラを励ます。
なんとイラのお弁当は、間違って早期退職間近の会計士サージャンのもとに届いてしまう。サージャンは、食堂に頼んでおいた弁当サービスがこれまでになく豪華で美味だったのにおおいに驚く。イラはイラで、お弁当箱が綺麗に空っぽになっていることに喜ぶが、肝心の夫は弁当に感謝するどころか、いつも通りイラには無関心のまま。
イラは、自分が作った弁当が夫ではない赤の他人に食べられていると確信。上階の叔母に相談し、次の日のお弁当に手紙を入れてみることにする。お昼時、サージャンは届けられた弁当をウキウキと広げて食べ始めたが、あまりの塩っぱさに悶絶する。イラからの手紙の返信に、サージャンは思わず正直に"今日の弁当は塩っぱかった"と書いてしまった。
イラの心づくしの弁当に文句をつける無礼なサージャンに、上階の叔母の方が憤慨する。気の進まないイラに自信作のスパイスを授け、サージャンに"美味しい"と言わせるため、もう一度弁当を作ってサージャンに食べさせようとせっつくのだった。
こうして、イラは顔も知らない相手に書いた手紙と一緒に、美味しいお弁当を作り続けることになった。サージャンは空の弁当箱の中に必ず返事の手紙を入れていた。家に帰ってきても携帯ばかり見て、家族と口をきこうともしない夫とは大違いだ。イラは、夫との不仲や顧みられない家庭の虚しさを手紙で訴える。こればかりは上階の叔母にも言えないことだからだ。サージャンは悩める主婦であるイラを時に力づけ、また彼自身、伴侶を亡くして独りぼっちであることを手紙に託す。
こうして、誤配されたお弁当箱は、イラとサージャンの間
を行き来して2人の気持ちを伝え続けたのだが、ある日イラは"私たちは実際に会うべきだ"と手紙で宣言した。いつまでも文通していても仕方がない、と。
監督: リテーシュ・バトラ
出演: イルファン・カーン(サージャン)
ニムラト・カウル(イラ)
ナワーズッディーン・シッディーキー(シャイク)
第66回カンヌ国際映画祭の監督週間に出品。観客賞を受賞。
世界情勢や経済をわかりやすく解説して下さるモハPさんの記事で、インド経済の今が取り上げられていた。インドでも物価が高騰しているのだそうだ。料理には欠かせない玉ねぎの値段も。
'めぐり逢わせのお弁当 / Dabba / The Lunch Box'の中で、サージャンと同僚のシャイクが一緒に列車に乗っている時に、シャイクが突然小さなまな板とナイフを取り出して器用に野菜を刻み始めるシーンがある。満員電車の中で(笑)!モハPさんのこの記事を拝読したとき、唐突にこのシーンを思い出した。
"弁当配達人ダッバーワーラーは間違わない"
ダッバーワーラーの弁当配達システムは完璧なのだそうだ。何しろ毎日大量のお弁当を間違いなく配り歩くのだから。しかし、どんなに完成されたシステムでも、人間が作っている限り、いつかどこかに綻びができる。そのおかげで、本来交錯するはずがなかったイラとサージャンの人生が出会ったわけだ。
イラはまだ若く美しい女性だ。家庭に無関心な夫の不実に耐えるばかりの人生に絶望している。かつて弟を自死で亡くしており、そのことで実母との関係もギクシャクしている。イラは亡くなった弟を通じて死を理解している。
サージャンは妻を病で亡くしており、退職間近で"老い"を実感してもいる。妻のことも含め、過去をずっと懐かしんでいたいと願うのは、死が身近である所以だ。自分の"老後"に若いイラを道連れにしてはならないと、一度はイラとの繋がりから身を引こうとする。
しかし、このケータイの時代に、敢えて紙に鉛筆で書かれたメモ書きのようなメッセージがイラの心とサージャンの心を近づけてしまうのだ。こればかりは理屈で説明のつかない現象である。人と人の繋がりは、シャイクがサージャンに語ったように、"間違えた電車に乗っても、結局は正しい目的地に着く"ようなものなのかもしれない。イラは、夫との希望のない未来を捨てるという大きな決断をした。かと言って、次はサージャンに頼りっきりになっているかというと、そうではない。彼女は自分で決断し、その後どんな結末になろうとも、全てを受け入れる覚悟で"違う電車"に乗ろうとしているのだ。メモ書きのメッセージが紙の上から飛び出して、1人の女性の人生を変え、全くの白紙の未来に導いた。人生を変えたという意味では、サージャンも同じだ。イラは自分の足で立ち上がった。サージャンは勇気を出して、弁当配達人ダッバーワーラーたちから聞いたイラの家に向かう。ダッバーワーラーは間違わない。サージャンを正しくイラの元へ送り届けてくれるだろう。
この作品を彩るのは、数々の美味しそうなインド料理だ。様々なスパイスを複雑に使い分け、お昼のお弁当とは思えないほど豪華なインドの食文化は、何度見ても見飽きない。私もパラタを食べてみたいし、サージャンが好きだという茄子の料理も気になる。イラのおばあちゃんのりんごのレシピとはどういうものだったんだろう。食の楽しみは人生を、世界を豊かにする。
主演の2人は素晴らしかった。故イルファン・カーンは"老い"を実に巧みに表現し、イラ役のニムラト・カウルの初々しく清楚な美を際立たせていた。
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