俺とゲイの話し。
photo by - 紫苑 -
ある日の土曜日。
仕事が休みだった俺は、気分転換をするために、ドライブがてら海へと来ていた。
自宅を出たのは午後の13時過ぎ位。
県内の地元から約一時間半ほどの海辺。
灯台や海水浴場、お土産屋さんの立ち並ぶ観光地からは少し離れた場所にあり、
自分がいるこの海岸は、地元の人しか知らないような隠れた名所となっている。
付近一帯には、松の木が暴風や防潮として植えられていて、遠く海岸線の端から端までは一直線の真っ直ぐな道路が走っている。
脇道の草むらに車を停めて、震災のあとに新しく建設された防波堤の階段を昇ると、そこにはまるで、プライベートビーチのような砂浜が眼前に広がっているのだ。
砂浜を見渡してみると、先客は地元の釣り人のおじさんが等間隔でまばらに佇んで居るくらいで、真夏にも関わらず、ほかに海水浴客の姿はなかった。
靴下と靴を脱ぎ、砂浜に素足をつけると、真夏の太陽に照らされて熱くなった砂の感触と、一歩踏み出すたび、浜茄子の蔦と葉っぱの感触を足裏に感じた。
大きな波の音と照りつける太陽。
持参した炭酸水で喉を潤すと同時に、すかさず額や身体から汗が噴き出す。
眼前に広がっている砂浜と波打ち際に、まわりの目も気にせず、俺は思わず海へと駆け出していった
打ち寄せる波に、熱砂で火照った足を浸すと、『冷たい……』とも言えない、生温いような海水の温度を感じる
引き波に足をすくわれないよう、戻ったり、押し寄せたりを繰り返しながら。
それが楽しくて、暫くずっと、俺は波と戯れていたのだった。
砂浜に打ち上げられている漂流物がないかを、まるで宝物でも探すようかのように、歩きながら物色してみる。
ひとしきり海岸線を歩き終えると、元来た防潮堤の階段へと腰掛け、水分を補給しながら、目の前に広がっている海の景色を眺めていた。
ふと…… 後ろを振り返ると、男性がひとり、階段をゆっくりと登って来たのだった。
彼はこちらを見やると、
「こんにちは。」と
礼儀正しく、真夏の太陽のような爽やかな笑顔で、俺へと挨拶をしてくれたのだった。
自分も「こんにちはー」と適当に挨拶を交わす。
彼はとても背が高く、身長は180㎝以上はあると見受けられた。
年の頃は……" 不明 "。
自分よりも年上なのか、年下なのか…?。
アスリートが着るような、スポーツ用のTシャツとハーフパンツを着用していて、日に焼けた小麦色の肌は、青っ白く陰気で不健康な肌をしている自分とは対照的で、その姿はとても羨ましくも思えたのだった。
スポーツ選手に「ケンブリッジ飛鳥」さんという方がおられるが、雰囲気や顔立ちが その方にちょっと似ているな。と心のなかで俺はそう思った。
ふと、
「とっても楽しそうでしたね」と彼は微笑みながら言う。
どうやら、波と戯れてひとりで遊んでいたその恥ずかしい姿を、彼に見られていたようであった。
すかさず
「めっちゃ楽しいですよ!」と、気恥ずかしさと共に笑いながら返事を返すと、彼は
「何処から来たんですか?」とこちらに尋ねる
「県内の◯◯町です。◯◯市の近く」と言うと
「あぁ、あそこですか!」と納得した様子。
俺は同じように「何処から?」と尋ねると
彼は「(この場所から近くの)市内のほうです」と爽やかに微笑む。
若干の沈黙の後に 彼が苦笑いをしながら、
「こういう時間って、大事ですよね」
「世の中ってストレスばっかりだから」と自嘲気味に呟く。
「確かに!」と苦笑いしながら相づちを打つ俺。
他愛のないやり取りではあったが、なんだか話しかけてきてくれた彼の親切心に惹かれ、俺はその時に抱えていた、ある悩みごとを、「彼に話してみようか……」と
そのとき、何となく思ったのだった。
「実はちょっと……悩みごとがあって。」と言うと
彼は、突然のことながら
「なんでも聞きますよ…?」と朗らかに聞き耳を持ってくれたのだった
そこからは多分、自分が一方的に、彼に語り掛けるように話していたと思う。
その当時、人知れず悩んでいたこと。
それは、姉の旦那さん(義兄)の" 不倫 "についての事であった。
数日前の夜。
自宅の部屋でいつものようにスマホを弄んでいると、姉からLINEのメッセージがあった
「今から電話していい?」
「お父さんとお母さん、そこにいないよね?」
「話しにくい事なんだけど……」と。
「いいよ」「二人とももう寝てるし。」とメッセージを打ち込むと、すかさず電話が掛かってきた。
「なんかあったん?」と尋ねると、姉は 落ち込んだ様子で、事のあらましを淡々と語り出したのだった……
姉の言う事を端的に説明すると
旦那さんは平日は仕事で帰りが遅く。
子供たちが、眠い目を擦りながら遅くまでパパの帰りを待ってみるも、帰宅時間が夜の22~0時、そして深夜になることも多かったらしく。
平日は忙しくて仕事の帰りも遅いのは分かる
けれども、土曜日も仕事だったり、日曜日に関しては、早朝から仲間とサーフィンに行ってしまうため、姉も子供たちもパパと過ごす時間が最近まったく取れない。との事だった
(※ ちなみに姉の旦那さんは自営業です。)
女の勘が働いたのか、旦那さんのあまりの忙しさを訝(いぶか)しんだ姉は、旦那さんがお風呂に入っているうちに、内緒で旦那のスマホのLINEを開き見たのだった……
スマホは当然ロックがかかっていたが、思い当たるパスワードをひとりしきり試してみると どれかがヒットしたらしく、ロックを解除することが出来たらしい。
そこには、" 不倫相手 "との秘密のやり取りが、ズラッと。LINEの履歴として残っていたそうだった……。
事実を受け止め切れずに、その場で姉が激昂して問い詰めると
" 旦那は素直に白状をした。"ということだった……
その不倫相手は、旦那さんの" 元カノ "。
趣味の仲間として、姉夫婦が主体となってその都度、サーフィンやキャンプ、BBQやスノボなどの集まりを皆で楽しんでいたようだったが
不倫相手の女性も、そのうちのメンバーのひとりだったようだ。
勿論、仲間内のメンバーということで、不倫相手の女性の旦那さんも参加しており、共通の顔見知りの友人であったため
姉は、情緒不安定に陥ってしまっていたこともあってか、相手の旦那さんに対して個人的に、" 今回の出来事のあらまし "を証拠付きでメールで送り、その不貞の事実を 明るみに晒したのだった……
相手の夫婦には子供も二人おり、
その二人の子供たちもまだ幼く 母親を慕っていて、相手の旦那さんについては 姉曰く、
「旦那さんは、とても真面目で誠実な人」らしかった。
端から見ればとても幸せそうな家庭に見えるのだろう。
不倫相手の女性の旦那さんが、真面目で誠実な人ということもあってか、姉は最初、この事実を伝えるべきか……自分ひとりで抱え込み相当悩んでいたそうだ。深刻な内容なので、当然といえば当前ではあるが。
しかし、自分のなかだけでその事実を抑え込むことができなかったことと、
信じている大切な人たちの気持ちを、裏切って踏みにじってきた自身の旦那と不倫相手の女性の不貞を、どうしても許すことができなかったようだった……。
不貞を働いた女性の旦那さんも当然激昂し
その事実を、姉が送った証拠の画像と共に突き付けて問い詰めると
同じように、" 素直に白状した……"という事であった。
いちばんの問題が、" 子供たち同士も、おなじようにとても仲が良かったこと "であった
不倫の事実が明るみになり
話し合いの末、姉と相手の旦那さんの意向により、裁判沙汰にはならなかったが
その波紋は、姉や甥っ子たち、相手の家族、そして趣味の仲間内をも巻き込んで、さまざまな人間関係に影響を及ぼしていたのだった……。
子供たちが
「どうしてもう、◯◯ちゃんたちと遊んじゃダメなの……?」と悲しそうな顔をして呟いていたこと……
同じ水泳教室に通っていたらしかった
結局、その不倫の事実が仲間内に広がり、集まりそのものが" 解散 "となってしまったことで、姉や甥っ子たちは、今まで大切に付き合いを続けてきたママ友や趣味の範囲で出逢ってきた大切な繋がりを、強制的に絶ち切られてしまったのだった……。
当然、自身の旦那に対する批判も多かったらしい……
不倫が隠れて行われていた集まりなど、まともな人間なら、もう一切関わりたくはないだろうから……
それは、当然の結末だったのかも知れない。事実が明るみになり、その噂が漏れて仲間内に広がるのも、お互いの信頼関係が崩れるのも早かった。
姉はこの一連の騒動を、" 親しい友人には話した " ということであったが、うちの両親には未だ、その事実を話すことが出来ないでいた。
きっと、父や母を心配させたり、嫌な気持ちにさせたくなかったのだろう……
電話口で淡々と説明をしているうちに、自分のなかで必死に抑えて抱え込んでいた感情が溢れ出して、ひと通り話し終える頃に姉は、嗚咽を洩らして子供のように泣きじゃくっていた……。
姉が感情を爆発させ、取り乱している姿を見たのは、産まれてこのかた、はじめての事であった。
……………………
………………
…………
……
高い堤防に、先ほど出逢った男性と二人で並んで腰掛け、海を見ながら…… 俺は一連の出来事を話し終えたのだった
彼はずっと黙って 話しを聞いてくれていた
開口一番、静かな声色で
「それは…… 大変だったね……」と
眉間に皺を寄せて、俺の肩を優しく抱きしめて 傍に引き寄せてくれたのだった
そして
「もう、無理しなくていいと思う。
あなたも、お姉さんも。」と、優しい口調で励ましの言葉をくれたのだった
ジェンダーという悩みを抱えているからこそ、彼は、男性と女性の両方の目線から、物事の芯の部分を、ちゃんと捉えて考える事ができるのだろう。
すかさず
「見ず知らずの人にこんな重い話しをしてすみません……」と複雑な心境で謝ると
「全然!」
「気にしないで。」
「私も、自分のこと話していい?」と言って来たのだった
彼は、「実は私、ゲイなんだよね。」と
真剣な顔をしてカミングアウトをしてきたのだった
「気持ち悪いよね……?」と問われると俺は
「いや、全然。」と真顔で答える。
実は。
彼の立ち居振舞いから、なんとなくだが、そ察しはついていた。
それに、ニュースやドキュメンタリー番組を通して、ある程度は自分も認知していたし、特に珍しい事でもないような気がした。
彼の本当の素晴らしさは、決して" 性別 "で決まるようなものではないのだろうと、
心のなかで、素直にそう思った。
「あなたは俺の話しを、真剣に受け止めて聞いてくれた。俺はそれが嬉しかったです」と正直に告げると、彼は感嘆した様子で
「本当に?!」と目を見開いていた
「私のこと、好き……?」と告げられ
思わず
「好きだけど、" ひとりの人間として! "です💦」と慌てふためくと
「なーんだ」と、少ししょんぼりした様子で拗ねていたのだった
なんだろう。
この、ふたりのおっさんのやり取り……
俺は少し冷静になって辺りを見回すと、彼は
「どうしたの?」と言うので
「いや、なんでもないです💦」と取り繕うのであった。
まわりに人がいたら、この状況や様子は、どう見えるのかがちょっとだけ気になったのだ。
彼は話しを続け
「私って、ゲイであること、誰にもカミングアウトできてないんだよね……」と、悲しげな顔で告げる。
「親は何となく気づいてるみたいだけど」
「会社の人間には全然。」
「たまに寂しくなったときは、東京のゲイバーに出向いて、同じような人たちと一緒にお酒を飲むのが楽しみなんだ。」……と話す。
そのとき、自分は彼の悩みに、心から共感をしたのだ。
自分は" 性別について "の悩みでは決してないが
" 引きこもり "であった過去を隠し、
精神疾患を抱えてしまった事実を誰にも言えず……
そして、本当の自分自身というものを 今までちゃんと生きてこれなかった……
だから。
彼の言う孤独や悲しみが、俺には痛いほど分かる
それを心から、理解することが出来たのだと思う。
俺が
「どうして世の中、上手くいかないこととか、悲しいことばっかりなんでしょうね……」と呟くと
「そうだね……。」と彼も遠い目をして、静かな相槌を打ってくれたのだった
半ばやけくそ気味に
「もう、生きるの疲れちゃったから
このままどっか、二人して南の島にでも移住して暮らしません?」……と俺。
すかさず、「それめっちゃいい!」と彼。
「俺は魚釣ってくるから、捌いて料理してくれませんか(笑)」と笑いながら言うと
「私、なんでもするよ」とこちらに向き直って、俺の言う冗談を真剣に受けとめてくれたのだった。
悲しみから生まれた冗談を察して元気づけてくれようと向こうが思ったのか
彼はちょうど『SLAM DUNK (マンガ)』の安西先生の、アゴまわりや腹まわりをたぷたぷとするようにして、俺に対していたずらにスキンシップをしてきたのだった
思わず「やめてくださいよ(笑)」と腹を抱えて笑うと、彼も「少しくらいいいじゃーん(笑」と言いながら、日が暮れてゆく海の風景を前にして、二人してふざけあっていたのだった。
それから。
ひとしきりお互いのことを話しあったあと、帰りの道中の時間もあったので、二人して重い腰をあげる。
「そろそろ行かなきゃ。」
「たくさん話せて、嬉しかったです」と素直に気持ちを伝えると、
「私も」
「まさか知らない人とこんな話し出来ると思わなかった!」
「今日、此処に来てほんとに良かった……」と、
再び爽やかな笑顔で言ってくれたのだった。
彼はもう少しだけ
夕陽に染まった海を眺めていきたい。と言う。
「それじゃあ、また、何処かで。」と告げると 彼は、
「またどこかで偶然会っても、知らない顔しないでよ?!」と笑いながら返してくれたのだった。
去り際に、彼の後ろ姿を振り返る。
少しだけ、俺は名残惜しくなったのだ
「ちょっと!」と彼を呼び止めると
「せっかくなので、" ハグ "していいですか?」と尋ねる
短く「うん。」と、彼はその申し出を 快く承諾してくれたのだった。
人生において。
自分から他者に対して、" 抱きしめてあげたい "と心から思ったのは、実はこれがはじめてのことであった。
自分自身の不思議な心境の変化に、正直な気持ちで驚いていたのだった。
互いの背中に手を回して、少しだけ ぎゅっと抱きしめ合った。
それから僕らは
「またね」と手を振り合って、お互いの幸運と無事を心のなかで祈ると
後ろは振り返らずに ……
その場をあとにしたのだった。
~ 俺とゲイの話し。~
完。
【 あとがき 】
いつも暗くて重い話しばっかりなので、
たまには、少し良さげな思い出話しを書きたかった!ということで。
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