ならまちにある【本屋itoito】 “人と人、人と本を結ぶ糸になりたい” そこに込められた思いとは。
『50代からの本さんぽ』へようこそ。
このシリーズは、50歳を迎える本好きライターが素敵な本屋さんを取材し、その本屋さんの「本」に向けた思いを訊き、そこから私にとって「本」はどんな存在なのか考えてみようと始めました。
そのシリーズ第1回目にご紹介するのが、奈良にある「本屋itoito」さん。
お話を伺い、店主の横さんと作り上げた記事が完成しました。
古都奈良にある世界文化遺産、元興寺。その周辺は「ならまち」と呼ばれ、カフェや雑貨店、ギャラリーなどが細い路地まで店を構え、素敵な街並みに整えられています。
そのならまち界隈にあるのが「本屋itoito」さんです。
ならまち散策を楽しみながら「本屋itoito」さんへ
本屋itoitoさんへは、JR奈良駅からバスも出ていますが、可能であれば駅から歩いて行くのがオススメです。15分ほど歩くと五重塔で有名な興福寺や猿沢池がありますし、ならまち散策を楽しみながら歩いていると「本屋itoito」さんに到着します。
お店は、ならまち工房Ⅱという建物の2階にあります。
程よい広さの店内は定員4名。天井まで届く本棚にびっしりと並べられたたくさんの書籍と、しおりやポストカードなどの雑貨たちが目に飛び込んできます。
縫うように、木を植えるように、本を開いていていく
――本屋itoitoさんのお名前の由来からお聞かせ下さい
横さん
私たちは「人間夫婦とぬいぐるみの本屋ユニットitoito」として活動していて、活動の一つとして「本屋itoito」を運営しています。
itoitoという名前には、人と人、人と本を結ぶ糸になりたいという願いを込めています。
本にまつわる仕事は、いとへんの付く仕事がとても多いですよね。
“紡ぐ人”、“綴る人”、“編む人”、“繕う人”、“織る人”……。
その様々な「いとへん」の仕事の人たちと一緒に、これまで綴られてきたものを守り、これから綴られていくものを次の世代に託していきたいと考えています。
また、糸は私たちの活動方針にも関係します。
縫うように、木を植えるように、本を開いていくという活動方針です。
縫うことも、木を植えることも、それらの作業は一定以上、絶対に急げない部分があります。早送りができないし、巻き戻しもできない。待ってみたところで思うような結果になるとも限りません。
でも焦らず一針一針縫うように、木を植えるようにやっていきたいのです。縦の糸と横の糸で糸糸。「itoito」という音の響きも楽しくていいねということで決めました。
「書く」ことを楽しめる人を増やしたい
――今年はクラブ活動を始められるとのことですが、その中の一つ、“書く”という活動内容はどのようなことをされるのでしょうか
横さん
私たちは読むことと同じくらい、書くことを大事にしたいと考えています。
書くためには自分の声を聞かなくてはいけませんが、日常生活の中でそういった時間はなかなか持つことができません。そこでクラブ活動として書く時間を作れたら良いなと考えました。
書くものは日記でもいいし、むかし書けなかった手紙でも良いし、後回しにしていた書類でも、何でもいいのです。
家だとついつい仕事や家事を優先してしまったり、雑音が気になって集中できなかったりするので、書く物だけを持って集まる書くための時間を作りたいなと考えています。
まずは私たち家族が幸せであること。
――ぬいぐるみのお客様大歓迎というのが気になったのですが
横さん
「人間夫婦とぬいぐるみの本屋ユニット」は、人間夫婦の妻の横と、夫の縦、ぬいぐるみのメンバーが5匹います。その特徴をお伝えするために、「人間夫婦とぬいぐるみの本屋ユニット」という副題を付けてユニット名を表記しています。
本屋itoitoは、私たち家族が、私たちの心身の健康と幸せを最優先にする生活を送るため、私たち自身のために始めた本屋であり、私たちの心身の健康と幸せが最優先であることが絶対的な条件としてあります。
この私たち家族が幸せに過ごせる時間というのが、夫婦とぬいぐるみが一緒にいる時間なのです。その時間を大切にするために自分たちで本屋を始めました。
本屋itoitoに来てくださったお客さんにも、よかったら本を選ぶ時間をぬいぐるみと一緒に安心して過ごしてくださいとお伝えしています。
お客さまとともに棚を育てる
――お店で販売する本はどのような基準で選んでいるのですか
横さん
本屋itoitoでは、生活、芸術、人文の書籍と雑貨を扱っています。
常に勉強しながら、間違えながら、できるだけそのとき一番良いと思える選択をしようと心がけて本を選んでいます。具体的に言うと、人の尊厳を踏みにじるものは置かない、などです。
――本屋itoitoさんでは、ご自分で読み、腑に落ちたものを販売しているのですか
横さん
すべての本を全部読んでから仕入れることはほぼできないと思います。
信頼している著者や翻訳者、出版社などを一つの軸にして本を選んでいます。お客さんによっても棚は育っていきます。
――そういうものなのですね
横さん
はい。あの方はこの本を読みたいだろうなと思って棚に入れていくと、自分でも想像しなかった方向に棚が広がっていくことがあります。
本棚は庭のようだなと思います。本棚という庭の区画をこちらが決めて、本という苗を植えているつもりが、知らない間に植えた覚えのない花が開いていたり、こんなところまでと驚くような勢いでつるが伸びていたりします。
フリーペーパーの発行もスタート
――フリーペーパーを発行されたのですね
横さん
はい。やりたいことがたくさんありますが、そのうちの一つでした。昨年末くらいから何だか来年はできそうだなと思って年末から準備を進めて今年から始めました。
おすすめの本というよりは、私たちがいま読んでいる本をフリーペーパーで紹介していこうと思い、「NOW READING」というタイトルにしました。
また、「あなたがいま、読んでいる本を教えてください」と呼びかけてお便りを募集しています。お便りの中から店主が選んだ本をフリーペーパー内で紹介しています。
お便りを投稿することは「書く」ことにつながります。「読んで」「書いて」というサイクルが、フリーペーパーを通してできたら楽しいなと思っています。
選書のリクエストにも対応
――お客さんからの選書も受け付けているのですね
横さん
店頭で常時やっているものではないのですが、イベントの時やオンラインで受付をしています。こちらからの質問に答えていただいて本をご提案します。
――予算などを決めてですか
横さん
そうですね。個人宅のライブラリーをつくるために、たくさん本を入れたいというご依頼もあります。その場合は納期、予算、ご家族の生活などを詳しく聞きながら一緒に本を選んでいきます。
――個人のお宅で、本棚を作るのに選書してほしいとは素敵ですね
横さん
本当に素敵だと思います。ある程度蔵書があり、自分の興味の外にあるものを知りたいとか、 自分が持っている本も含めて、知識を体系立て、本を並び替えてほしいなどのご依頼もあります。
お子さんの入園、入学のタイミングで年齢に合わせた本を紹介してほしいというお客さんもいらっしゃいます。
企画展やクラブ活動について
――今後のイベントについて教えていただけますか
横さん
2024年4月14日(日)まで「藍染屋ほうね 文庫本袋フェア」を開催しています。藍染の布で作られた文庫本を入れるための袋や栞を販売しています。
5月3日(金)からは「Krimgen個展 Tales of the Children 小さな人たちの物語」が始まります。近日中にInstagram・Xで詳細をお知らせしますのでぜひご覧ください。
毎月ではありませんが今後も色々な展示やフェアを予定しています。
それから「読む会」「書く会」「話す会」「贈る会」というクラブ活動です。
詳細が決まりましたらお店のホームページでお伝えしますが、いずれも、オンラインとオフラインでの開催を予定しています。
オンラインでは、画面上で読んだり、書いたりしている時間を共有します。それだけでは一緒の時間を過ごしているという感覚が弱いので、おやつとお茶をあらかじめお送りし、「じゃあ、開けましょう!」の号令とともに、同じおやつを食べながら、サイレントにしたまま、みんなで書いたり、読んだりする会を予定しています。
人の気配を感じる場所にただ居たい。そんな時に存在する場所でありたい
――今後、どういったお店に育てていきたいとお考えですか
横さん
本屋itoitoを、なるべく安全で、安心して過ごせる場所にしていきたいと考えています。
私たちにとって本は「人」なので、人と本の関係は、人と人の付き合いと似ているところがあると思っています。
友人、パートナー、職場の同僚、趣味の仲間でもどんな関係性の人でもいいのですが、その人が生まれてから今に至るまでを、順番通りに全て知らないと、その人と友人だ、知り合いだと名乗る資格はない、なんてことはないですよね。一緒にいる時間を楽しみながら少しずつ知っていけばいいし、知らないことは知らないままでもいいし、死ぬまで付き合う必要もありません。
たくさんの人と付き合わなくてもいい。同じ人と何回会ってもいいし、会いたい人がいるだけでもいいですし、想うだけでもいいし、そういう存在がいなくてもいいと思います。
人と会わない時期、会えない時期、会いたくない時期もあるし、会いたい人と会っても思うように話せないこともあります。
そういう時期であっても、人の気配がある場所にただ居たいと思う日はあるのではないでしょうか。
そこに居る理由を誰にも説明しなくていい、ただ居たいと思ったときに居られる場所でありたいと思っています。
だいたいの本屋は入る時、「ご予約は?」とは聞かれません。誰にも理由を説明せずにそこに居ることができて、そこには人の気配がある。
本屋とはそんな場所だからこそ、本屋itoitoはできるだけ安全で安心して過ごせる場所でありたいし、誰かがそういう場所に行きたいなと思った時に思い浮かぶ場所でありたいです。
世界に一人でも誰かが自分の存在を記憶してくれていたら心強いし、会えいない人との日々を思い出すよすがとなる物があったら救われます。
人と本の付き合いも同じではないかと思います。ただ一冊でいいから、自分を祝福し、自分という人間がこの世に存在したことを記憶しておいてくれる本と出会えたら、その人は幸せだと思うのです。
そんな本と出会える店でありたいです。
気になったとき、手の届く場所に本があったらいい。
――本を読まない人に何かアクションを起こしたいですか
横さん
本を読まないことの中に、グラデーションがあると思います。読みたいけど忙しくて読めない、家の近くに本屋がない。または、心身が疲れすぎて読めないというような。
それから、本は大抵、白い紙に黒い文字で印刷されていますがその状態だと読むことが難しい、疲れる人もいます。私もそうです。
それに本は読まなくてもいいと思っていますし、持たなくてもいいと思っています。
だけど、気になったときに手の届く場所に本があったらいいなと思います。本は本屋に行けば買えるし、その場所に行くことはみんなに許されているということを伝えていきたいです。
本屋の方から人のいる場所に出かけていくこと、生活の中に本のある場所を作るお手伝いをしていくことも続けていきたいです。
取材後記
私の一番古い「本」の記憶は小学生の頃によく行っていた近所の本屋さんです。目的の本以外にも欲しい本を見つけるのですが、おこづかいが足りず泣く泣く我慢した日のことが思い出されます。
社会人になると仕事のことや職場の人間関係で悩んだときは本に解決方法を求めていました。
複数の人といると上手にコミュニケーションを取らなくてはと気疲れしてしまうので、ただ黙って読むことのできる本は、私にとって気を遣わなくていい存在なのです。
本屋という存在について横さんは、「誰にも理由を説明せずにそこにいることのできる場所」と話して下さいました。
それを聞いたとき、「あっ、だからか」と思いました。なぜ私はこんなに本が好きなのか。それは、落ち込んでマイナス思考になっているときでも、本は黙ってそばにいてくれて、気を遣わなくていいからかもしれないと、そう考えるに至りました。
どんなに疲れていても本屋さんへ行くと気分が落ち着くのは、私にとって本は気を遣う必要のない存在だから。この取材をしなければ気づくことができませんでした。
今後も取材を通し、私にとっての「本」はどんな存在といえるのか、考えてみたいと思います。
第1回目おわり