入梅(にゅうばい)いわしの衝撃的なひとくちの思い出
入梅(にゅうばい)イワシをご存知でしょうか?
イワシの主要な水揚港である銚子港は日本一の水揚港としても知られ、ここで水揚げされるイワシは太って丸みを帯びており、特に6~7月にかけての「入梅」(梅雨の時期)に水揚げされるマイワシは「入梅いわし」と呼ばれ、1年の中で最も脂が乗って美味しくなります。
私は千葉県出身で、かつてよくこの時期(6月〜7月前半)になると一人で銚子港まで行って入梅イワシの刺身や天ぷら、なめろう等を頂くのを楽しみにしていた時期がありました。
はじめてこの「入梅いわし」を食べた時の衝撃は今でも覚えています。
その日私は当時住んでいた千葉県の実家から利根川沿いをたどってランニングで銚子港に到着しました。
炎天下の中30キロ程走った後で私の体は疲れきり、お腹は既にペコペコでした。
銚子の商店街には入梅イワシを売り込む地元の観光協会が考えたであろうキャッチコピー
「泣くほどうまい入梅イワシ!」
とプリントされたいくつもの幟(のぼり)が通り沿いに潮風に揺られはためいているのが目に入りました。
その時まだ「入梅いわし」について何も知らなかった私は、駅前の「かみち」という名前の海鮮料理屋さんで試しに「いわしづくし定食」1,300円を注文してみました。
しばらくして運ばれてきた「入梅いわし」なるもののお刺身を一片箸でつまんで醤油につけると、零れ落ちたいわしの脂が醤油の上に同心円状に広がる光景が印象的でした。
口に運んだ瞬間、旬のイワシの脂身から溶け出した甘みのある旨味が口中に広がり、やがてそれは幸福感となって私の喉元を通過していきました。
私は目を閉じて、しばらく黙ってうつむいてしまいました。
衝撃の旨さの一口目を終えて顔を上げると、なんと驚いたことに私の両目からはちょっとだけ涙が出ていたのです。
食べ物が美味しくて涙が出たという経験は、後にも先にもあの時が最初で最後です。
まさか観光協会が考えたであろうキャッチコピーの通りに、30を超えた男が定食屋で一人泣いてしまうとは!
自分でもまったく予測していなかった自身の反応に私は恥ずかしく、しばらくの間うつむきかげんで食事をしたのを覚えています。
それがきっかけで私は一時期、この海鮮料理屋「かみち」の大ファンになり、初夏には入梅いわしや岩牡蠣を、冬になると金目鯛を求めて足繁く通ったのですが、残念ながらその後「かみち」は惜しまれつつも閉店してしまいました。
結婚してから東京に住むようになってからはまだ一度も銚子には訪れていません。
今は金銭的にも時間的にもイワシだけを食べに銚子まで行く余裕はないのですが、毎年この時期になるとその時の食べた「入梅いわし」の衝撃的な一口を思い出して1人ソワソワとしてしまうのです。
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