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1941(昭和16)年発行の講談社の絵本「ヒットラー」を読むーなるほど、プロパガンダとはこういうものかと学ぶ
日本の実質的な植民地、傀儡国家の満州国建国を巡って世界の孤児となり、独自の帝国主義路線を走る日本にとって、同じように英、仏への復讐心をたぎらせ、国際連盟も脱退したヒットラー率いるドイツとの連携は、間に挟むソ連を東西から牽制するのにはちょうど都合がよく、1936(昭和11)年11月には日独防共協定を結びます。天皇制のピラミッド型支配を維持したい日本にとって、臣民が共産主義に触れて体制の変革を望むのを極度におそれており、また、軍事的にもソ連はやはり仮想敵でありつづけたからです。
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さて、この絵本はヒットラーの少年時代から、この日独防共協定締結にイタリアが加わり、1940(昭和15)年9月には軍事同盟である日独伊三国同盟を結んだころまでのことを描いています。三国同盟締結を報じた朝日新聞には「世界平和の確立を目指す三国同盟」「帝国の大東亜における指導者としての立場はこれと共に益々重きを加えるであろう」と手放しで評価。天皇も条約成立を祝い、臣民に「天壌無窮の皇運を扶翼すべし」と詔書を出します。絵本の発売はこの翌年であって、この路線に沿った編集となるのは明らかでした。
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この絵本の発行当時、ドイツは英仏などと1939(昭和14)年から第二次世界大戦に入っており、日本も日中戦争を1937年から既に4年も続けていました。ポーランドを一気に分割、フランスを電撃戦で陥れたドイツの戦いぶりに、日本もドイツに学べという機運が盛り上がっていたころです。
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絵本に話を戻します。人の生涯を語る時、エピソードの取捨選択は極めて重要です。あくまで子どもを読者に想定していることから、やはり子どもに絡む話題が軸となっていきます。それで、スタートは少年時代からとなります。体が弱く外遊びより本を読んだり絵を描いたりが好きでしたが、川辺で向こう岸の軍隊の演習を見ると「胸が躍りあがるようにうれしくなった」と軍事への関心にさりげなく誘います。
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そして、両親を早くに亡くすと、ウイーンで建築の仕事に携わるなど苦労しながら本を買い勉強するといった、日本でも二宮尊徳に代表される、刻苦勉励の生活を説いていきます。この辺りは日本の教育指導と重なるから取り入れているのでしょう。
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そして第一次世界大戦が始まると「愛国心の強いヒットラー」はすぐに兵隊になって前線に出て活躍、勲章もたくさんもらったと、愛国教育の定番です。戦車に出合い危うく難を逃れるというエピソードが、なんとなく勇敢さをほのめかしています。一方、第一次世界大戦では日本が連合国側に入って青島のドイツ軍を攻撃して攻めるなどした事実は、一切出てきません。
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さて、第一次大戦に破れ「我々はきっとドイツを立て直してみせるぞ」と叫ばせた後は、ヒットラーの街頭活動に移ります。ここではヒットラーがたった一人で演説を始め、仲間が増えていったと図式を単純化し、一気に総理大臣になるところまで突き進みます。もちろん、街頭演説での政敵への暴力、クーデター未遂による投獄、我が闘争の執筆、でっち上げの共産党放火事件といった、暴力的謀略的な動きはすべてカットです。また、政党として議席を増やして発言力を増し、首相に就くという描写は当時の日本ではありませんでしたから、これもカット。なんとなく首相になっています。
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首相となったヒットラーがフリードリッヒ大王の墓のある教会で最初の国会を開いて、自身のプロイセンを引き継ぐ正当性を演出した場面を登場させます。「ヒットラーは国民と一緒に、この王様のような心になって、国を治めたいと思ったからです」とし、日本の天皇制に従う指導者とだぶらせて描写しています。こののち、ヒットラーに憲法を除くすべての法律や条約締結の権限を与える「全権委任法」が可決され、大統領権限も既に老いたヒンデンブルグをほぼ無視する形で踏みにじっていくのですが、敬意を表する場面のみを描き、その死後に国家元首となることを省いているのは、いずれも天皇制との絡みからでしょう。
◇
政治の話が一段落したところで、ヒットラーは「子どもは国の宝」として子どもを大切にし、子どもたちも慕ったとします。子どもを大切にするヒットラーの姿は実際に多く撮影され、国家の父親的な感覚を与え、若者に忠誠心を受け付ける効果があったでしょう。それは日本にも適当な話なので、重点を割いています。そして鍛えた青年の「ヒットラーユーゲント」を紹介するページにつなげるのが実に編集の妙です。「国のために命を捧げること」などを第一に教えているとして、日本の姿をだぶらせます。
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その後、「世界を平和に楽しくするため」に日本とドイツが力を合わせなければならないとして、日独防共協定締結を説明。条約の名前はもちろん出てこず「固い約束」とだけ。
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そしてオーストリア併合からのポーランド侵攻で第二次世界大戦が始まります。戦争の理由は「ドイツがあまり強くなったので、いろいろじゃまをする国が出てきました」というもの。まあ、日中戦争も暴支膺懲で始めていますから、相手が悪いと印象付けるのが一番だったのでしょう。
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そして、日本とドイツが「もっともっと仲を良くするため」に松岡外相が訪問したり、「力を合わせて世界を平和に楽しくすることを約束」する三国同盟を結んだりしているとして話を閉じます。平和を求める三国という印象を徹底し、日本の戦争も正当化するという形に自然に落とし込まれていくでしょう。子どもに限らず、条約の中身をこの程度にしか伝えなければ、大人もごまかされます。最初に紹介した新聞の書きぶりと比べても、大きく変わらない気がします。まさに、この絵本は、子ども向けの見事なプロパガンダ作品なのです。
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