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派生させにくかった「翼賛」。商品も、とりあえず付けとけって感じが強く…
日中戦争が泥沼化して終わりが見えなくなった中で、当初は軍部を抑える狙いのあった大政翼賛会が、結局軍の求めることを上意下達で国民にやらせる組織となり、発足時には規約もなかったという事実。そして政治組織でもないということで、大政翼賛会とは何か、とてもあいまいなものとなってしまいました。でも、とりあえず新しい言葉だし、宣伝には使ってみるかという類の品は、ぼちぼちと出てきました。
下写真は、ずばり「大政翼賛」便箋ですが、中身は普通です。
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こちら、1941(昭和16)年3-4月のカレンダーが入った上諏訪町(現・長野県諏訪市)で使ったポスターです。薬会社が作ったもので、標語は「健康翼賛」。といわれても、ぴんとこない。「翼賛」という言葉自体がなじみのない言葉ですし、大政翼賛会も実態不明ですし。辞書的な意味であれば、「大政」は「天皇のなさる政治」、「翼賛」は「力添えをして助けること」という意味があるようです。とすると、健康翼賛は、力添えして健康を助けるのか、健康を維持して天皇を支えるのか、それだけではちょっと意味が通りにくい。もう少し説明が必要となります。
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大政翼賛会自体は宣伝を活発に行い、フリーキャラなどを作って思いのほか浸透させたことは以前紹介させていただきました。
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とはいえ、心に響くスローガンとかもなく、また時期も日中戦争で物資不足。そうそう新しい商品が登場しなかったことも背景にはあるでしょうが、
「翼賛」とつけとけばとりあえず迎合して売れるという商品も登場する始末でした。こちら、表題写真の翼賛カールピン。名前が特別なだけで、標語も何もありません。
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愛国とか報国といった、直接国家の役に立つ雰囲気のある言葉は、太平洋戦争に入ってからも「愛国百人一首」とかいろいろなものが出てきます。翼賛絡みは、せいぜい大政翼賛会の実行組織、翼賛壮年団が運動した献納機に「翼賛信州」とつけるなどしたぐらいで、それも「愛国」「報国」とセットでした。
「愛国」なんて、商標にする会社もあったぐらいですが、「翼賛」はそこまで盛り上がらなかった。言葉で人を動かすにも、やはり実態や方向性、それに分かりやすさが大事なのではと思わされます。
とにかく、「翼賛カールピン」があまりにも衝撃だったので、便乗した商品がほかにないかと少しずつ集めた結果、「翼賛は使いづらかった」という結論に達したことをご報告します。プロパガンダも、それなりに筋が必要ですね。
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