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将を射んと欲すれば、まず馬を射よ、ということかー子どもに国債・簡易保険宣伝の真意
1937(昭和12)年7月に日中戦争が始まりましたが、当初の「3か月、長くても1年」という、陸軍大臣から天皇への戦争終結見込みの奏上は簡単に外れてしまい、とにかく戦費をたくさん調達する必要に迫られました。
既に満州国建国で国際的に孤立していた日本は、日露戦争の時のように外国に国債を買ってもらうことを期待できません。そこで頼むは国民!それも家庭から!子どもたちも巻き込め!となったのかどうか、こんなものを入手、収蔵しております。
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学帽をかぶった血色の良いお坊ちゃん。「支那事変国債 兵隊さんは前線で銃を ぼくらは銃後で国債を」との札を手にしています。それだけではありません。下部に矢印が付いている引手を引きますと…
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おお! 血色の良いお嬢ちゃんに早変わり。「あたしたちもお小使いを貯めて国債を買いませう」と勧めますが、そもそも、お小遣いをもらえるお子様がどれだけいたのか?
それに、親がお小遣いを渡さず国債を買えばいいんじゃないか?
誰のための販促物資?????
これは、国債の販促に名を借りた、子供のためのおもちゃだったのではないか―。
そう、子供たちが親の目の前でこれを面白がって動かして見せること。そして、一番下の持ち手のスローガン「偲べ戦線 求めよ国債」が目に入るようにする。これこそ、この販促物資の一番の狙いだったのではないでしょうか。手の込んだ販促物資を作れた時期を考えると、日中戦争初期のものではないでしょうか。
戦争を進めたければ、まずは純真な子どもから巻き込め、という戦略もあったのでしょう。あ、お気づきでしょうが、アイコンの写真はこちらの収蔵品を使っております。
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もっと直接的に子どもから親に説得してもらおうと、長野県の上諏訪郵便局が紀元2600年の1940(昭和15)年に出した小冊子「少国民の知識」。地方郵便局のものですが、先の販促物資に比べ貧相になった印象を受けます。
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粗品がもらえる懸賞付きで、尋常小学校5年の読本参照とあるので、その世代が狙いでしょう。さて、本文を見ますと、「日本は美しい国です」で天皇を持ち上げ、続く「日本は情け深い国です」では、日中戦争を、中国が乱れているので日本の兵隊さんが出て行って悪い奴をやっつける為とし、国民の苦労はそのためと説得しています。屁理屈もよくここまで出るものです。
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そして「御国の皆さんは皆んな兵隊さんです」として、みんなが働いて貯金をしたり『簡易保険』を掛けたりして、戦に勝てるように戦地の兵隊さんと力を合わせているとします。
これが本音か!
ということで、簡易保険を進める理由が並び、紀元2600年記念の図案入り保険証書も用意してあるとし、保険に入れる年齢(小5でも小児保険に入れる)まで説明する徹底ぶり。さらに、若い人の体が弱くなっているという脅し文句も入れています。
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まずは子どもに理解させて、親たちを説得させるか、子どもに持ち帰らせるかし、そして懸賞応募者宅に回るという仕掛け。郵便局にもいろいろ戦費絡みの割当があり、消化のために打ったのが、この「子どもから」というものだったのでしょう。
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