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専業主夫の49歳が精神科病院に入院したときの話(5)隔離の奥にて
専業主夫の薄衣です。
今、家族に助けられ、日々暮らしております。
今回は入院3日目の続きです。
前回のお話しはこちら。
3日目にして、
私の気持ちや行動に変化が現れてきます。
今回もおつきあい頂ければ幸いです。
自分に出来ること
入院当初、私には本当に何もすることがありませんでした。
この日は主治医不在で病室には誰も来ない。
コミュニケーションが取れるのは、看護師が食事を持ってくるときのみ。
というわけで気がつくと、
ベッドの上で磨りガラスの向こう側を思いながら、ブツブツ独り言を話していました。
なんでこんなところにいるのか・・・
そう思ったとき、入院した日の夜は
「次は必ずキメたろう」
と思っていたのがこの日は
「なんであんなことをしてしまったのだろう」
に変わっていました。
そして色々考え始めます。
特に、自分のストレスの原因について。
また、ここを出た後の不安にも襲われました。
精神科に入院したことを親戚、近所、友人知人に知られたら・・・
今までに職場で見てきた、精神科にかかった人々のことを思うと自分も・・・
何より、取り乱した姿を見せてしまった息子のこと、その息子のケアを今たった1人でしつつ、仕事をしている妻のこと。
そんなことを考えながら再び気がつくと、ベッドをおりて室内をブツブツ言いながら歩き回っています。
水を飲むペース、トイレ後の手の拭き方、風呂もシャワーも浴びれない中年の身体まわりなど、3日もいると慣れてきて、深く考えることはなくなっていました。
(相変わらず、気軽にお水をお願いしたりは出来ませんが。)
この時自分に出来ることは、
考えること
だけだったのだと思います。
トシのせいかそれが口から勝手に出てきて、独り言を言っていました。
でも、あんまりいいことは考えていなかった気がしますね、この頃は。ネガティブなことを振り返ってばかりでした。
隔離の奥の隔離
私のいるこの一角は、外の病棟からさらにもう一つ、鍵のかかった扉をくぐったところにありました。
病棟自体が鍵のかかった扉に閉ざされている
【閉鎖病棟】【隔離病棟】
ですので、私のいる部屋は、
さらにその奥の隔離部屋。
これがドラクエだったら、発見したとき喜ぶところなのでしょうが、ここはそうはいきません。
私がいたとき出入りはほとんどなく、4つの部屋のうち、3つに患者がいたました。
1つが10号室の私。ほか2つには既に先輩達がいました。
おひとり目の先輩
おひとりは斜め向かいのお部屋の女性。
普段は静かです。いるのかどうかも分かりませんでした。ある食事時、看護師とのやりとりで存在を知りました。女性の泣き声が聞こえます。
どうやらこの方は、ご飯を食べられないことが続いているようです。すると、看護師の声が
「帰りたいんでしょ!食べないと帰れないよ!泣かないの!」
この時は切なくなりました。同じ隔離マンとして。看護師さんの言っていることは、それはそうなんでしょうけど、ほかの言い方とか・・・
もしかしたらこんなんがずっと続いていて、
看護師さんもしんどくなっているのかもしれませんが・・・
食べられない人に「食べろ!」
泣いている人に「泣くな!」
ほかになんか言ってあげられないんかなぁ・・・
そんな気持ちでした。
先輩その2
一方、お隣の部屋の男性は、概ね大きな声をずっと出されている方。
この日も絶好調です。
ところがこの日は、さらに全力で扉をどつき始めます。隣室の住人的には工事現場に近い振動です。
しばらくすると看護師数名がやって来て、
まず説得を開始します。
それでも行為はやみません。
こんどは医師が呼ばれ、さらに看護師の数が増えてきます。なんだろうと思って、小窓からチラチラ見ていると、見たこともないようなアイテムが運ばれてきます。
(それが、拘束するためのベルトだとは後で知りました。)
その後、お隣さんと看護師達のしばしのやりとりがあったかと思うと、すがすがしい顔でお隣から出てくる、10人近い看護師たちがいました。
やりきった感が出たのか、大きな声でお隣さんのことを話しながら、笑顔で奥隔離のエリアから出ていきました。
おかげで振動だけはおさまりましたが、
またなんとも言えない気持ちになりました。
どうも、この奥隔離にいる私たちは、人間扱いされていないような、この時はそんな錯覚を覚えました。
その日の夜、この先輩は
「お母ちゃん!」
「おばあちゃん!」
「助けて!」
を繰り返し、また何度も、
「#$%&☆★&%$#」 と
何を言っているのか分かりませんが、とても大きな声で何かを威嚇していました。
きっと、とてつもなく怖い思いをされたんだろうなぁ、というのはなんとなく分かりました。
そして僕は眠れず、途方に暮れる夜を過ごすのでした。
振り返ると
不安は考え出すと本当に切りがありません。
特に、この頃はそもそも精神科に対して強い抵抗感がありました。受診すること自体が情けないこと、恥であると。
また、自分で死ねなかったことに対しても情けなさと恥ずかしさがありました。
かなり卑屈になっていたと思います。
先入観、思い込みが、とてつもなく高く、分厚い壁となり、この時まだ、その向こう側にいる【自分】と、ちゃんと向き合う事が出来ていません。
次から次と思い浮かぶ心配事の表層だけをなぞり、止めどなくその面積を拡大させていました。
心の中が心配事だらけになっていました。
ネガティブアクセル全開で、ブレーキが壊れていたようです。
そして、怒りよりも、悲しみが増していきました。
次のこと、先のこと、まして過去のことなんて、今はなにもできないんだから。あの時、あんなことばっかり考えてもしゃぁないのに。
今、あの時の薄衣の肩をポンとたたいて、ブレーキをかけてやりたいと思いました。
今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。
次に続きます。
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