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ドラマ『燕は戻ってこない』の残した強烈なインパクトは、なかなか消えそうにありません

「現在、第三者の女性の子宮を用いる生殖医療『代理出産』について、国内の法は整備されていない。倫理的観点から、日本産科婦人科学会では本医療を認めていない」

ドラマ『燕は戻ってこない』より

この冒頭テロップのメッセージを観るたびに、複雑な想いを抱えながら観てきたドラマ『燕は戻ってこない』が最終回を迎えました。

それにしても、桐野夏生原作は心がヒリヒリさせられます。よくぞこれをドラマ化しようと思ったな…というのが率直な感想です。NHKさん、チャレンジャーでしたよね。

リキを演じた石橋静河はじめ、キャストの皆さんの演技は素晴らしかったと思います。この難しいテーマのドラマに説得力を与えてくれたのは、皆さんの演技あってこそだったかと。

「代理出産」というダークな部分に焦点を当てたこのドラマ。登場人物すべてが身勝手で、狂っていて、唯一春画作家の「アセクシュアル」な中村優子演じるりりこだけがある意味常識的でまともな人間に見えたりしました。

でもこのドラマの登場人物たちそれぞれの一筋縄ではいかない感情を思うと、人間という生き物は結局自分の欲望を満たすためだけに生きているのかもしれないと痛感させられました。

主人公のリキは、北海道から東京に出てきて派遣社員として働く29歳。生活が苦しいからと、高額な謝礼という理由だけで「代理母」になることを、"卵子と子宮を売ること"をビジネスとして引き受けました。しかも金額を300万円から1,000万円に釣り上げた″あざとさ″。

「ワーキングプア」だったリキの気持ちもまったく理解できなくはありませんでしたが、十か月もの長い間自分のお腹の中で他人の子どもを育てるということに対しての想像力が欠落している、あまりにも短絡的な決断だったと感じざるを得ませんでした。

自分の中で徐々に芽生えてきた「母性」を感じれば感じるほど、リキの心の中ではいろんな感情が渦巻くようになったと思うし、自分の選択や安直な行動に対しての後悔も正直あったと思います。

いくら腹が立ったからと言って、契約違反を犯してまでも昔不倫関係にあった戸次重幸演じる日高や、女性用風俗で働くセラピスト・森崎ウィン演じるダイキと寝てしまうという信じられない暴挙。

誰の子どもか分からない子どもをこの世に産み落とすということの恐怖を、リキが感じたことはなかったんでしょうか?

稲垣吾郎演じる天才バレエダンサー・草桶基は、自らが受け継いだバレエダンサーとしての「遺伝子」をこの世に残したいがために「代理母」を探していてリキと出逢いました。

このドラマでは「遺伝子」が一つのキーワードだったと思いますが「子どもは遺伝子の奴隷じゃない」というその呪縛に、彼自身がずっと囚われ続けて生きていた哀れな男に映りました。

さらに、かなり女を″小バカ″にした発言が多々ありました。きっと本人は悪気もなく思ったままを口にしているだけなんでしょうけれど、これは完全に女性蔑視ですよね。

「リキさんが妊娠したことそんなに嫌?心配しなくても悠子は悠子だよ。産めなかったからって劣るわけじゃない」
「妊娠できたんだから、ミッションはクリア。あとは十か月間放っておいたらいいんだよ」

ドラマ『燕は戻ってこない』より

ただ"遺伝子検査"をしないで誰の子どもか分からない子どもを我が子として育てていく決心をしたということは、基の中でも少しは「命」に対する想いに変化した部分があったのかもしれませんね。

内田有紀演じる基の妻で売れっ子のイラストレーター・草桶悠子。長い不妊治療の末に子どもを持つことを諦めたものの、姑からの嫌味に耐えられず基の熱意に負けて「代理出産」の道に足を踏み入れてしまった不幸な女に見えました。

でもこの悠子、後半は一番エゴ剥き出しの恐ろしい人間でしたね。リキのお腹の中で少しずつ育っていく基の子ども。自分だけでは抱えきれなくなり、基の子どもではないかもしれないというリキの秘密を基に明かしてしまったり…。産まれた子どもを我が子として育てる自信がないと基と別れる決心をしたかと思えば、実際に産まれた双子を目の当たりにしたらすっかりかわいくて"欲しくなって"しまい、基と復縁して自分たちの子どもとして育てると言い始め…。あまりにもわがままで支離滅裂です。

出産直後でまだ痛みもあるというリキに「離婚届」と、子どもと会わないという「誓約書」にサインさせようとする悠子の姿はまるで鬼そのものでした。結局リキを「子どもを産む機械」のように扱っていたのは悠子だったのかもしれませんね。

姑の黒木瞳演じる日本人初の国際的バレリーナ草桶千味子。自分の「遺伝子」を受け継いだ息子の「遺伝子」をこの世に残したいという欲望を基に呪いのように植え付け、子どもの産めない悠子に離婚を迫ったり…。かと思えば、つわりに苦しむリキに対しては義母として的確に対処してあげたり、本当に孫が欲しいというその気持ちだけは伝わってきました。

でもリキに対してのこの言葉は、まるで人種差別発言のような気がしました。上流の自分たちが下流のリキにすがるしかないもどかしさゆえとはいえ、リキを見下していること自体、あなたは人としてどうなんですか?と。

「あれは、違う人種よ。甘ったれで何の努力もしない…。努力してこなかったこと、生まれのせいにして、挙げ句の果てに自分の体を売って大金をせしめようとしてる…。そういうどうしようもない人間に私たちはすがってる」

ドラマ『燕は戻ってこない』より

「代理出産」という道を選択したことに振り回され続けた登場人物たち。赤ちゃんの純真無垢なかわいさは、それを取り巻くドロドロとした人間の黒い感情をすべて白にひっくり返してしまうほどの威力がありました。みんな実際に産まれた双子の赤ちゃんを見て、それが「代理出産」であったことなどもはやどうでもいいような空気感にガラッと変貌した感じでした。

実際、一番割を食ったのはリキだったんでしょうね。リキは帝王切開で双子を産み、お腹にはストレッチマークや出産した証の一生消えない傷も残る…。りりこの言っていた通り搾取されるだけされて、いくらお金を得られたとしてもこれからのリキの未来…それを抱えながら生きていくしかないわけです。

“人並みの生活”を手に入れたかっただけのリキ。でもこの傷と共に生きるしかないなら、“人並みの生活”すら手に入れられないのかもしれない。結局自分は自分として生きていくしかない…。この言葉はその表れだったんだと思います。

心が叫んでる。踏みにじられるな。奪われるな。人並みになりたいんじゃない。私は…私でありたい

ドラマ『燕は戻ってこない』より

双子を産んだリキが選択する道としては想像の範疇のラストではありましたが、”ぐら”の母親として生きる決心をしたリキの内面は大きく変化したように感じました。結局、自分の人生は自分で切り開いていくしかない…そんな女としての、母としての強さが子どもを抱いたリキの姿から感じ取れました。

リキと"ぐら"、二羽の燕はもう二度と戻らない…女同士二人で何にも縛られず、自由にどこへでも行ける…。

大人たちの勝手な思惑でこの世に産み落とされた新たな「命」二つが、それぞれこれから先どんな人生を歩んでいくのか?いろんな想像が頭をよぎります。

「代理母」の行く末が見たかったりりこは、このリキの決断を称賛しているでしょうか?
草桶夫妻は双子を育てる気満々だったのに、一人奪われてどんな想いでいるんでしょうか?

まさに【「命」はだれのもの?】ですね。

いつか自分が産まれた状況を知ることになるかもしれない双子たちの人生が、周りの大人に決して惑わされることなく″まっすぐなもの″であることを願わずにはいられません。

ドラマ『燕は戻ってこない』の残した強烈なインパクトは、なかなか消えそうにありません。まさに衝撃作でした。

長い文章、最後まで読んでくださりありがとうございました。

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