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[書評]悪と全体主義 -ハンナ・アーレントから考える 著:仲正昌樹

本書は20世紀中頃の西洋諸国の政治思想に大きな影響を与えたハンナ・アーレントの主張を解説する書である。

以前、↓の本を読んだ際に、ナチスが勢力を強めた背景をより知りたいと思い、今回は哲学者の視点から捉えられている本書を選んだ。

アーレントはドイツ生まれのユダヤ人であり、ナチス政権時にアメリカに亡命を行っている。哲学の分野で博士号を取得している哲学者であり、20代半ばから政治思想へと興味関心が移っていく。

アメリカ大統領選でトランプ氏が当選したり、日本においても石丸氏や斎藤氏のSNS戦略が騒がれる中、明快なプロパガンダが大衆を惹きつけているようにも見える昨今だからこそ、本書を読む価値は大いにあると感じる。

全体主義とは

始まりはイタリアのファシズム政権やドイツのナチス寄りの知識人であり、アーレントは「大衆の願望を吸い上げる形で拡大していった政治運動である」と捉えている。
つまり戦争や物価上昇による切迫感から日常生活に希望を失い、個人主義的な世界に疲弊した人々は、積極的に共同体との一体化を求めていった。

しかし、その共同体が形成される中で人々の目は内なる異分子であるユダヤ人に向けられる。「ヴェニスの商人」等の文学作品に描かれるほど、当時のヨーロッパの社会にはユダヤ人に対する憎悪や嫌悪感が浸透しており、「共同体がうまくいっていないのはユダヤ人のせいだ!」と排除することで同質化を図っていく。こうして自分たちは悪くないと考える他責かつ身勝手な思考により、異分子排除のメカニズムが形成されていくのだった。

救いを求めていた人々

第一次世界大戦での敗戦により、ドイツは領地を奪われ、賠償金問題で経済も低迷、街には失業者があふれるようになる。そんな生活の中で人々が渇望していたのが「世界観」=「分かりやすいイデオロギー」であった。
大衆の心を運動へと導き、世界観が示すゴールに向けて大衆が自発的に運動していくところにナチスの怖さがある。

他者と対話することなく、異なる視点から物事を見れなくなった人達は次第に人間らしさを失うようになる。

「複数性」の目に晒される

ハンナは人間らしさを形成するものとして「複数性」を挙げている。
その事例が「エルサレムのアイヒマン」である。アイヒマンはナチス親衛隊の中佐だった人物であり、ユダヤ人を強制収容所や絶滅収容所に移送し、管理する部門で実務を取り仕切っていた。ただアイヒマンが法廷で裁かれる際に人々が目にした彼は、ユダヤ人に対する憎悪をふりまく極悪人ではなく、ただ自身にとっての「法」(=「ヒトラー」)に忠誠を誓う、至って凡庸(banal)な官僚だった。つまり、彼自身はただ自らに与えられた仕事を懸命にこなしていただけだけであり、「どこにでもいる人」だったのだ。

彼の言葉で有名なのが、『私は命令に従っていただけだ』という主張だ。

悪は意図をもって行われるとは限らない、アイヒマンによって示されたこの示唆は現代を生きる我々にとっても重要な指摘になるだろう。

複数性が担保されている状況では、全体主義はうまく機能しません。だからこそ、全体主義は絶対的な「悪」を設定することで複数性を破壊し、人間から「考える」という営みを奪うのです。

本書より

感想

本書を定期的に読むことでも、自分に複数性を生じさせてくれる良書であった。

「分かりやすさ」に慣れてしまうと、思考が鈍化し、複雑な現実を複雑なまま捉えることができなくなります。思考停止したままの政治的同調は、全体主義につながる

本書より

特に上記の文章は非常に刺さった。近年ではYotubeやXといったSNSの普及により、ある事柄に対する分かりやすさに容易にアクセスできる。
例えばある映画を見終えた1時間後に、Youtubeで他人が解説してくれたコンテンツを閲覧したことはないだろうか?
これは自分の思考を放棄して、他人の思考に乗っかることで、自分の解釈を放棄し、あたかも「分かった気」になる。ましてや他人にそれを見せびらかして優越感に浸ってしまう可能性も秘めている。

また本書では法の統制の限界についても触れていた。法がどのように誕生してきたのか、法はいかなる場合でも守られるべき絶対的ものなのか、「法による支配」は人々を無思想状態に陥らせるものなのではないか、そういったことも今後学んでいきたい。

思考する」ことがいかに重要かを本書では教えてくれた。私も最近、大学図書館で日本経済新聞(1,2面だけ)を読むようになってから、いかに世界情勢や経済が複雑に絡み合っているかを実感している。あるニュースについてのSNSでのコメントでは「○○すればいいやん!」といった単純かつ明快な意見が散見されるが、世の中はそんな短絡的かつ線形的に繋がっているわけではないんだと感じてしまう。

こうやって本の内容を自分なりに整理して、咀嚼して、言語化し直していくことも、私にとっての複数性を養う良い習慣になることを願う。


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