思い出ってこんな風に増えていくと一コマずつが小さくなって、年月を重ねるとそれが点になっていくことなんだなと思った。 ふいに聴いた音楽とか、香ってくる匂いとかで、急に一点にフォーカスされる。本当は他にも美しい場面がたくさんあるのに、そこに釘付けになって過去から動けなくなったりする。 たとえ点になっても、それが映画みたいに連なって人生になるのであれば、目に見えてなくてもかまわない。たしかに、その時そこにあった。 だから、忘れるのではなく離れるだけ。 #記憶 #記録
シーツの海、とは上手いこと言ったもので、それは一人だとしても二人だとしても、夢の中を泳いだ形跡である。何度洗濯をして平らに直したとしても、この世界から離れてそこを泳ぐことを人はやめない。その度に揺さぶられて、ついには立てなくなったりもする。 室外機から漏れる水の流れを眺めながら、青空に立ち昇る煙を眺めながら、寄せては返す思考の波を、静かに渦巻く感情を抑えられずにいる。 哀しくも寂しくもない、でも楽しくもない。 それは日が高く昇ろうとも、夜の果てに墜ちようとも、そういう時は止
#記憶 それは夏の雲みたいに、かき氷みたいに、少し目を離したら崩れて溶けていってしまうから、そこにあったことをなんとか証明したくてここに残している。 なぜ音楽という生まれた瞬間に消えていってしまうような不安定もので自分を立たせておこうなんて思うのか、さっぱりわからないけれど、その瞬間たしかに自分はそこに居て、しかもなんだか必要な存在にすら思えてくる。不思議。 だから音が消えてしまったあと、どうしようもなく孤独を感じる。世界から切り取られてしまったみたいに、あるいは宇宙
もうすっかり涼しくなってしまって、じりじりと街を焼いていた太陽も今はぼんわりと夏の終わりの予告するだけになってしまった。 特に渇望するわけでもなく、季節外れになる前に救出した冷凍庫のアイスをかじっている。 こうしたちっぽけな日々のタスクをこなすだけで精一杯なのに、何かを残そうだなんて、または生み出そうなんて傲慢なのかもしれない。 そうだった、思い出した、わたしはごく普通の平凡な人間だったのだ。 緩んだ口元からアイスで白く濁った唾液が垂れて、慌てて拭き取る。なんだかとても
思い立って近くの山に登ってみた。少し出発も遅れたため、人がまったくおらず、進むほどに言いようのない不安と恐怖に襲われ、さらには運動不足による息切れ、途中でこれはもう無理だと山頂に到着する前に引き返した。 表山道を上っている時は、つらい、苦しい、こわい、などネガティブな感情ばかりだったが、裏山道を下っていると、次第に落ち着きを取り戻した。すると、後ろから人の気配が。ほっとするも、震える足で身体を支えるのに精一杯な私は、お先にどうぞ、と道を譲ることしかできず。 そんな私に
昨日から始まった大掃除。とは名ばかりで、単に溜まった家事を片付けて、不用品を整理していただけなのだけど。 本棚を整理していると、読まずにただ整列させていた本が目に止まったり、使い所のない文具が顔を出したり、思い出の品を見て感傷的になったりと、なかなか労力がいるものだ。 それでも、昨日は何故か「今日のうちに身の回りを整えておかねば」と、面倒な口座入金や、資源ごみの分別と廃棄、いよいよ寒くなったので衣替えも兼ねた大量の洗濯物も済ませた。久々に作った、だし巻き卵は失敗した。
やっと休みになったので、 課題をクリアしたご褒美を兼ねて 映画「正欲」を観た。 (ご褒美枠としては重い映画) いよいよ多様性とはなんだかわならなくなってきた。犯罪と狂気との隣り合わせ、紙切れ一枚くらいの隙間で「普通」を追い求める人々。 私も含めてだけど、きっと普通じゃない何かを求めて、ここにいる。いつもとは別の名前や顔を持ち合いながら。 持ち寄ることも、見せ合うことも自由だけど、それを投げつけてはいけない。 力の強い者は、弱い者を脅かすためにそれを使っちゃいけない。有
小説や映画は、気に入ったものを何度もループしてしまう。しかも、この季節はこれ、この気分の時はこれ、ここへ行く時はこれ、と、自分の中で限定公開をしてしまうから、新しいものがなかなか入ってこない。 ある時、「現状維持は衰退である」という、かつて師から受けた言葉を思い出した。映画好きの友人の影響もあり、月に一度映画館へ行く、という目標を定め、とりあえず気になったものを観ることに。たしか3月から始めたので、半年継続できたのである。 もうかれこれ20年前の作品である「サマータイムマ
もちろん、 簡単に答えなど教えてくれなかった。 私は原作を読まずに鑑賞したのだけれど、 本を読ませるため、の映画なのか。 たくさんの寓意が散りばらられているように感じた。 あれはなんだったのか、と考える。 明解なハッピーエンドではないところが、 作品の魅力のひとつなのかもしれない。
日曜日に、美術館へ しあわせなひととき 帰りに餃子をお腹いっぱい食べました
初めてのプラネタリウム🪐 銀河鉄道の夜。 宇宙への憧れは果てしなく。
海の向こうの、遠く離れた場所から 友人が贈ってくれた言葉。 私はその頃、うまく言葉が紡げずにいて 夕暮れの空の写真を贈った。
移りゆく空 私はベッドの上
しばらくぶりに風邪をひいた 高熱だとしてもプリンは美味 今週はマティス展に行くはずだったのにな
オンラインでの大学入学を決めて、レポートに取り組み始めてから二ヶ月が過ぎた。カリキュラムや学習方法に慣れるのに四苦八苦しながら、論述においての決まりごとだとか、芸術史の勉強を進めていくうちに、知識の習得というより、自分の癖や傾向を発見できたことが大きな学びとなった。 まず、本を読む、という行為はとても好きだけれど、当然これまでは好きなものばかり読んでいたので、あまり興味を持たなかった分野を読み進めるのはなかなか大変だということ。これは環境を変えて、喫茶店で時間を決めて読