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彼とマグカップ
「お揃いのマグカップに琥珀色の梅酒を入れたら絶対にキレイだよね」、そう話していたのに、すっかり忘れて蓋を捻り、飲み干してしまった。
後日、彼がもう一度梅酒を買ってきてくれたので「今度こそマグカップに入れて飲もう」ということになった。
彼が梅酒をマグカップに注ぎ始める。
「「ぴったり!!」」
2人の声が重なって、琥珀色の水面が揺れた。
マグカップの容量と梅酒の内容量がほぼ一緒だったのだ。
まるで梅酒用にこしらえたマグカップのようにしっくりと馴染んだそれを見て、彼は嬉しそうにこう言った。
「これ、ベランダで飲んじゃダメ?」
私は二つ返事でOKして、ベランダに折りたたみ椅子を持ち出して座った。
ブルブル震えながら飲む冷たい梅酒は身に沁みて、よどんだ心を洗濯してくれるかのようだ。
外は吹雪いていて、彼のタバコの火の粉がヒュンヒュンと飛んでは消える。
タバコに梅酒におしゃべりに、口が忙しそうな彼を見て、とっても愉快だなぁと思った。
それにしても寒すぎて、梅酒を持つ手が揺れる。とうとう私は彼を置いて「室内入るね」と退散した。
室内に戻ってきて、まじまじとマグカップを見た私は、その美しさに再度見惚れた。
燕三条で加工されたステンレスにブルーグレーの塗装、天然木の取っ手。
内側のステンレスが程よい磨き加減なので、中に入れた飲み物がたとえお茶でもキラキラと光って見える。飲み口も薄く飲みやすく、冷たいものは冷たいまま口に運べるので重宝している。ただの水を入れるのはもったいないけれど、ただの水を入れても美しくおいしく感じてしまうだろう。
私は「透明度の高い炭酸なんかも合うと思うんだけど、」なんて考えながら、ごくわずかに梅酒の入ったマグカップをぐるんと回してみた。
…やっぱり、最高に素敵。
「これからこのマグカップに、どれくらい素敵な〝飲み物〟や〝記憶〟を満たしていける?」
私はめずらしく明るい未来を想像しながら、ぬくぬくとした室内で梅酒を飲み干した。
もうそろそろ、ひんやりとした外気を連れて彼が戻ってくるだろう。
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