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綿帽子 第五十三話

GaregeBandを開いた。

昔使ったことはあるが、かなりバージョンアップされている。
使い方も以前とは異なり、戸惑いを感じさせる。

好きなドラムセットの音色を選び、メトロノームを鳴らして打ち込んで行く。

一生懸命クリック音を聴きながら打ち込もうとしているのだが、全くテンポに合わせられない。

自分の中のベストなタイミングで打ち込んでいるつもりだが、思った通りにはいかないのだ。

これはクォンタイズをかけて修正といったレベルではなく、テンポ自体が取れない状態と言った方が早いかもしれない。

こんなことがあるのだろうか?

メトロノーム自体が一定のテンポを刻んでいるようには聞こえない。

自分の中で聞いているクリック音がドンドン速くなったり、急に遅くなったり頭の中で一定のテンポを刻まないのだ。

バスドラム一つを打ち込むだけで大変な労力が必要になってくる。
15分もやると限界がきて、30分は休まないと継続できない。

それでも諦めずに打ち込んでいく。
次回彼と会う時に、バンドのデモとして聴かせてやろうと全力を注ぐ。

なんとかリズムトラックを打ち込むことができた。
物凄くシンプルな8ビートだ。

こんな簡単なことをするのに、これだけの努力が必要なのかと嘆きたくなったが、今の俺はきっとこんなものなんだろう。

これからどうやったら、健常者の方のレベルまで到達できるのだろうか?

全く自分が何かをやり遂げられる気がしない。
それでもやらなければ何も始まらない。

今の俺にはこれが精一杯なのだ、そう割り切らないと駄目なんだ。

翌日も、その翌日も引越しの準備を整えながらひたすらGaregeBandに熱中した。

以前から思い描いた通りに作品を仕上げるのが苦手な俺なのだが、どうにもこうにも、頭の中で鳴っているサウンドがヴァンヘイレン。

何故今この時代にヴァンヘイレンなのかさっぱり理解不能だが、出てきてしまっているのだから仕方がない。
我慢して作業を続けた。

午後になってから引っ越し屋が2社来宅した。

各社の見積もりを出してもらってから返事をするつもりだが、やはり大型ゴミを取り扱ってくれる業者が1社しか見つからない。

他社もある程度なら上手く処理してくれるとは言ってはいるものの、限界があるそうで、このままならA社に決まりそうだ。

それにしても高い。

ちょっと話にならないぐらいの値段をふっかけられている。

キープする車の大きさで値段が決まると言っても、そこまで大きなトラックがそれだけの台数必要なのだろうか?

これでもし、殆ど荷が乗らない車が出た場合どうするのだろう?

それにゴミ処理代。

「あまりにも高過ぎる」

ゴミ処理代に、80万円近くの値がするのは馬鹿げている。

配車予約が必要なので早目に返事をくれと言われたが、熟考しなければ返事はできない。

すると、お袋がA社は良いと従兄妹が言っていると言ってきた。

知人に引っ越し屋をやっている人がいるので詳しく聞いてみると言っていたそうだ。

本当に大丈夫なのか?

どうせまた、叔母さんから伝わったのだろうけど、判断に困っている俺にはとにかく材料となるものが必要だ。

そんなに言うならと、従兄妹からの連絡を待つことにした。

この会社は、以前俺が使ったことがあって、その時の記録が残っていた。
その分割引が入ると言っているが微々たるもので、それが選択の決め手とはならない。

二日以内に連絡すると引っ越し屋には伝えてある。

ただまあ、もう俺の中では殆ど答えが出ていた。

他社から芳しい返事が返ってこない時点で、他に選択肢はなく、高くとも大型ゴミを引き受けてくれる業者に頼むしかない。

それぐらい家の中は処分しなくてはならない物で溢れかえっている。

「ゴミとは言い難いゴミなる物」

俺にとっては馴染みの薄いものでも、お袋にとっては親父と築いてきた生活の全てが詰まっているのだ。

親父との思い出がこの家には染み込んでいる。
それを捨て去るのはさぞかし辛いだろう。
それをお金と引き換えにゴミとして出すのか。

俺は中学の三年間をこの家で過ごした。

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