3.11から13年
「3.11」から13年でした。
決して忘れることのできない出来事。
この日が来ると思い出されるのは、故郷・双葉町と当時通学していた原町高校。
私の故郷である双葉町。
双葉町を想起させるのは、当時国道6号から見えた「原子力明るい未来のエネルギー」の標語看板。
この負の遺産が、あの事故の教訓となっている気がします。
現在は、東日本大震災・原子力災害伝承館 に展示されているとのこと。
双葉町が、少しずつ復興のために前進していくのを見守っていきたいと思います。
当時、高校1年生だった私。
午後2時46分に突如起きた、あの大きな波打つような揺れ。
世界史の課外授業中でした。もう何が何だか状態……。
当然、地震の影響で電車で双葉町に帰れず、親に連絡もつかずで、電車通学していた子たち十数人は、数名の先生方と原町高校に残りました。
原町高校には貯水タンクの伴った会館があり、そこで2、3日間過ごすことに。
テレビのニュースを見て唖然としながら、炊き出しをしたり、先生や友人と話して、未曽有の事態に不安ながらに過ごしたのを覚えています。
「これから、どうなってしまうのだろう…」
情報不足、家族や友人の安否、双葉町の状況。
不安要素が多くて、ほとんど眠れませんでした。
震災当時の出来事について、詳しくは以下の記事に記録しています。
今後私にできることは、
私自身は自分らしく強く生きて、
日々生きがいをもって、未来をつないでいく子どもたちを育てること。
これからも、
信念をもって強く生きていこう。