神の子どもたちはみな踊る
2000年2月の短篇集『神の子どもたちはみな踊る』を再読。(たぶん3回目)
いちばん下に裏表紙の紹介文を載せたけれど、単行本版の方の紹介文には「連載『地震のあとで』に書下ろし一篇を加えた著者初の連作小説!」とある。
短篇集の最後に書下ろし一篇を加えるというのが、このあと最新の短篇集『一人称単数』までお決まりのパターンとなっていて、この短篇集(神の子ども~)の最後の「蜂蜜パイ」だけ、趣の違う小説に僕には感じられた。あぁこれは著者のこれからの方向性の決意表明でもあったのかなぁと。
【好きな短篇ベスト3】
1. タイランド
2. かえるくん、東京を救う
3. アイロンのある風景
いくつか好きなところを以下に引用します。
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ニミットは両方の手のひらをさつきに向けた。そして強く首を振った。「ドクター、お願いです。私にはそれ以上何も言ってはいけません。あの女が申し上げたように、夢をお待ちなさい。あなたのお気持ちはわかりますが、いったん言葉にしてしまうと、それは嘘になります」
さつきは言葉を飲み込み、黙って目を閉じた。大きく息を吸い込み、吐き出した。
「夢を待つのです、ドクター」とニミットは言い聞かせるように優しく言った。
「今は我慢することが必要です。言葉をお捨てなさい。言葉は石になります」
(「タイランド」より)
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「かえるさん」と片桐は言った。
「かえるくん」とかえるくんは指を一本立てて訂正した。
「かえるくん」と片桐は言い直した。「あなたは彼らに何をしたんですか?」
「たいしたことは何もしちゃいません。ぼくがやったのは、芽キャベツを茹でるよりはいくぶん手間がかかるかな、という程度のことです。ちょっと脅したんです。ぼくが彼らに与えたのは精神的な恐怖です。ジョセフ・コンラッドが書いているように、真の恐怖とは人間が自らの想像力に対して抱く恐怖のことなのです。でもどうですか、片桐さん、ことはうまく運んだでしょう」
片桐はうなずいて煙草に火をつけた。「そのようですね」
(「かえるくん、東京を救う」より)
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「もし私が最後の瞬間になって、怖じ気付いてその場から逃げ出したりしたら、かえるさんはどうするのですか?」
「かえるくん」とかえるくんは訂正した。
「かえるくんはどうするのですか? もしそうなったら」
「ひとりで闘います」とかえるくんはしばし考えてから言った。「ぼくが一人であいつに勝てる確率は、アンナ・カレーニナが驀進してくる機関車に勝てる確率より、少しましな程度でしょう。片桐さんは『アンナ・カレーニナ』はお読みになりましたか?」
読んでいないと片桐が言うと、かえるくんはちょっと残念そうな顔をした。きっと『アンナ・カレーニナ』が好きなのだろう。
「でも片桐さんはぼくをひとりにして逃げたりしないと思います。ぼくにはそれがわかるんです。なんと言えばいいのかな。それはきんたまの問題です。ぼくには残念ながらきんたまはついていませんが。はははは」、かえるくんは大きな口をあけて笑った。かえるくんにはきんたまだけではなく、歯もなかった。
(「かえるくん、東京を救う」より)
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【著書紹介文】
1995年1月、地震はすべてを一瞬のうちに壊滅させた。そして2月、流木が燃える冬の海岸で、あるいは、小箱を携えた男が向かった釧路で、かえるくんが地底でみみずくんと闘う東京で、世界はしずかに共振をはじめる……。大地は裂けた。神は、いないのかもしれない。でも、おそらく、あの震災のずっと前から、ぼくたちは内なる廃墟を抱えていた――。深い闇の中に光を放つ6つの黙示録。
(書影と著書紹介文は https://www.shinchosha.co.jp より拝借いたしました)
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