回転木馬のデッド・ヒート
この短篇集を読み返すのは4度目ぐらいだと思う。
春樹さんの短篇集『女のいない男たち』と、村上龍さんとの対談『ウォーク・ドント・ラン』を7対3ぐらいでブレンドした印象。1985年頃、明るみにならない都会の日常。
「はじめに」で書かれているのは ①これは事実に基づいているため厳密にはフィクションとはいえない ②自己表現は自己を解放しない(それは迷信、よくいえば神話) ③我々はどこにもいけない といったところ。
もうひとつ、この短篇集で共通していると感じるのは人の精神とそこから発生しうる病(もしくはそれに類する)について描かれているということ。春樹さんの小説らしく、主人公はあまり判断をくださない。
「はじめに」に、カーソン・マッカラーズの小説の唖の主人公の話が出てくるけれど、これは『心は孤独な狩人』に出てくるシンガーという男性のことで、なんとなく彼にオーバーラップしているというかアイデンティファイしているように見えて、いわゆる「傾聴」というのが少しずつ春樹さんの中でテーマ化していっているように思える。少しずつ、社会で暮らす人々とコミットしていくというか。
8本の短篇があり、どれが好き、これはもうひとつ、というのはあるけれど、今回読み返してみて「どれも同じ話」みたいに感じたのも事実。
不思議なことがたくさん起こる、信じられないことも起こるけれど、これらは心と身体が正常にリンクしていることの顕れかもしれない。暗い、どこにもいけない、が、ありありと描かれている。
ひとつめの「レーダーホーゼン」については、あることがきっかけで妻が急に離婚を決意するという話だけど、こういうのはわからないではない。ところで少し話は逸れるがこの「レーダーホーゼン」は短篇集『象の消滅』の中で、英訳されたものを著者自身が和訳したヴァージョンが収められていて(日本語→英語→日本語に戻す、です)これは、英語に忠実に訳さないと意味がないだろうという意図はもちろんあったのだろうけれど、ややセリフが説明っぽくて、それが不吉な感じを増幅させているように感じた。そして最後の一文は全く違うものになっていた(なぜだろう)。なんとなく、この逆輸入ヴァージョンの方が僕は少し好きかもしれない。
僕が今まさに「傾聴」に関して学び、実践しているからかもしれないけれど、特に「今は亡き王女のための」などは、著者の傾聴力、観察力が光っている。「プールサイド」もそう。
一番好きな話は「タクシーに乗った男」。画廊をしている女性が、かつて外国でしがない駆け出しの画家の、たいして褒められるようなものではない作品に魅了され(それがタクシーに乗った男の絵)、数年後に他の国に旅行中(?だったかな)そのタクシーに乗った男と出会うという話。
人は時に理解できないものに惹かれる。そして、その中に自分の何を見るのだろう。
「長い話でごめんなさい」という女性と、「ようやく発表できてほっとしている」という主人公(≒春樹さん、この短篇集においては)の心の通いあいが暖かい余韻を残してくれる。
話したがっている人がいて、話されたがっている話がある。そういったものに耳を傾けてみたい。
「嘔吐1979」とか何度読んでもホラーみたい。
「ハンティング・ナイフ」は、身内の精神の病と社会のシステムについて。語り手(≒村上春樹、たぶん)も夜中にいやな汗をかいて飛び起きる。
いかに人は気づかないところで心身を蝕まれていくのか…。
村上春樹という作家はきっとこの頃に気づいていったのだと思う。
今の僕にとっては、少し重い短篇集だったかもしれない。
でも、この人きっとほんとのこと言ってるんだろうなぁ…とも感じました。
【好きな短篇ベスト3】
1. タクシーに乗った男
2. ハンティング・ナイフ
3. 今は亡き王女のための
【著書紹介文】
「それはメリー・ゴーラウンドによく似ている。それは定まった 場所を定まった速度で巡回しているだけのことなのだ。どこにも行かないし、降りることも乗りかえることもできない。誰をも抜かないし、誰にも抜かれない」人生という回転木馬の上で、人は仮想の敵に向けて熾烈なデッド・ヒートをくりひろげる。事実と小説とのあわいを絶妙にすくいとった、村上春樹の8つのスケッチ。
都会の奇妙な空間
人生というメリー・ゴーラウンド そこでデッド・ヒートを繰りひろげるあなたに似た人―
現代の奇妙な空間――都会。そこで暮らす人々の人生をたとえるなら、それはメリー・ゴーラウンド。人はメリー・ゴーラウンドに乗って、日々デッド・ヒートを繰りひろげる。人生に疲れた人、何かに立ち向かっている人……、さまざまな人間群像を描いたスケッチ・ブックの中に、あなたに似た人はいませんか。
(書影と著書紹介文は https://bookclub.kodansha.co.jp より拝借いたしました)
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