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桜の季節がやってきます〜歌舞伎の演出より

先日、歌舞伎を観てきました。
これまではなかなか気づけなかった演出の部分に、沢山の感動がありました。
現在お付き合いのある劇団の方の、昭和20年代の演出が今も生きています。
そしてそれは江戸時代からの流れをも汲んだものです。歌舞伎の感動の根源には、そういった日本人としての歴史的なものもあると思います。

今回の演目は「元禄忠臣蔵」より「南部坂雪の別れ」「仙石屋敷」そして「大石最後の一日」の5幕でした。圧巻は冒頭でした。低音で響く太鼓の音は、心臓の鼓動よりやや早く、少しずつ確実にただならぬ緊張感を醸し出していきます。行き場を失った赤穂浪士が、町外れにたむろし、恨みや憂い、大石や幕府の動向をコソコソと話すシーンです。太鼓のリズム=拍節と薄暗い照明だけの演出です。人の一歩、一股をもって「拍」=時間単位が決まると言われますが、このリズムの中、役者さんの動きや歩きは、そのリズムをしっかりと踏んだものでした。更に圧巻は、大石と遙泉院の別れのシーンで、深々と降る雪と町の往来のシーンです。雪の降る様子を紙雪と太鼓の音だけで表現しています。紙雪の落ちる速度然り、通りを歩く役者さんらの速度も、一拍子でなく二拍子を一歩にしたもので、いわゆるスローモーションなのですが、さながら浮世絵を観ているような感じでした。こうした演出が江戸時代から続いていることにも感動しますが、太鼓だけであらゆるものを表すという、リズムによる自然の捉え方に感動します。主役の大石は「団十郎」「仁左衛門」「幸四郎」といれかわりましたが、幕開けの際の客席の喧騒を収め、客の意識を舞台に集中させるためにわざと小声でしゃべり始める、あるいは主役を引き立たせるために、脇役は少し小声で話すなど、空間を成り立たせるための心憎いばかりの演出の数々でした。

なんてことはない、私たちの授業や生徒、保護者との関わりの場面と一緒です。
相手を見ない一方的発信ではなく、空間を共有し、会長が良くおっしゃる「共感理解」と「感動」の場面作りのための配慮の深さを思い知らされた一日でした。

桜の季節となり、新1年生約100人が入学してきます。
精一杯の配慮を心がけたいものです。         


センター長 桑原 寿紀(2009年4月号より)

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