「そうあれかし」と人生は。
その日、息子は慟哭しました。
4歳児の小さな体躯を縮めながら、積もりに積もった思いの丈を絶叫しました。
「おれのジンセイはサイアクだ!!」
戯言と聞き流すことのできない緊迫した空気を、彼はその身に纏っていました。
「おれ、の、じんせいは、さい、あくだ。」
彼は同じ台詞を再び言葉にしましたが、嗚咽が混ざって先程よりも細切れに掠れた声でした。その夜、妻は外出していましたから、部屋には息子と娘と私の3人です。妹と仲良くしようと工夫する姿をみましたが、あわや彼の本は破かれてパジャマには水が溢れ、娘をみると兄の玩具で得意気に遊んでいます。
そんなこと、と大人の視点で一蹴してしまったら、もう二度と息子は私に心を開かなくなるような予感がしました。こういう瞬間が人生の分岐点に成り得ることを私は知っています。私は屈んで彼と視線を合わせてから、ぎゅっと抱き締めて言いました。
「話を聴かせてくれる?」
うん、と答えて深呼吸をひとつ。それから息子はぽつりぽつりと自分の身に起きたことを教えてくれました。集約すると妹の誕生によって自分の居場所が無くなってしまったという主観的事実が、彼を深く傷付けていることが分かりました。私は相槌を打ったり内容に質問したりしながら、彼の言葉を咀嚼しました。
「そっか。それで最悪なんだね。」
「そう。」
「じゃあ、どうしていこうか。」
「え?」
「人生にはつらいことがたくさん起こる。ただ、それを『最悪だ』って言って泣いても何も変わらない。だから『じゃあどうするか』って考えるんだよ。人生が最悪だったら、最高になるにはどうしたらいいかって考えて、自分にできることをやってみるんだ。」
「サイコーになる?」
「ああ、最高になる。」
息子の泣き顔に笑顔が燈りました。
「例えば今、君の人生を最悪にしている原因のひとつが濡れたパジャマだろう?それは直ぐに解決できる。」
娘が溢したのは真水でしたから、ドライヤーで乾かせば元通りになります。私は彼の前でブォーンと風をあてて、ほっこりあたたかいパジャマに仕上げました。そろそろ退屈してくるであろう娘にも気を配りながら、話を進めます。
「破れた本は、のりとテープで直そう。それから玩具は…そうだなぁ。彼女が何を求めているのか、訊ねてみたらどうだろう。」
私が本を直している間、息子は娘と話します。兄の遊ぶ玩具が魅力的に見えて自分も遊びたくなったのだというありふれた理由を、息子は娘から聞くことができました。見守ると、その玩具を貸す代わりに娘からひとつ玩具を借りることで決着がついたようです。
息子は弛んだ表情で、
「サイアクが減ったよ。」
と言いました。自分の力で解決できたね、と声を掛けると彼は大層嬉しそうに笑いました。
「人生には色々なことが起こる。うまくいくこともあれば、うまくいかないこともある。自分で解決できれば最高。でも、うまくいかなくて困ったときにはいつでも俺に相談してくれよな。俺は君のことが大好きなんだ。」
父親だから、という言葉を私は避けました。それだとまるで血縁関係だから仕方なくやっているような気がしたからです。養育義務という言葉はあるけれど、人と人との共育は、もっと情緒豊かなものであってほしいと願います。
私自身が幼少期に受けた言葉の数々を想起します。それは癒えない傷となって今も私の心を縛り、脳内の嵐となって私の日常を傷付けます。
人生は、そうあれかしと願う通りに変化します。
その真意に気付くまでに20年、実践に15年余りを要したものの、私はどうにか願う人生を歩み始めることができました。この文章が何処かで誰かの目に触れたとき、ひとつの小さな希望になればと願い、電子の海に流します。
拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。願わくは、貴方の人生が最高に楽しい時間でありますように。
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