肺炎診療ガイドライン2024の話【雑記】
成人肺炎診療ガイドラインが7年振りに改定されました。
これは本邦における肺炎診療の実践書のようなもので、日本呼吸器学会の専門家たちが編纂しています。パンデミック前後での変化も興味深く、ウイルス性肺炎の項目が新設されたことは特徴のひとつといえるでしょう。
たまには呼吸器内科医っぽいことを書いてみようかと筆を執ります。2024年4月5日に出版されたばかりでレビューも少ないものですから、noteで誰が読むねんとツッコミを入れながらも、3点に絞って書き連ねて参ります。
①老衰や疾患末期の肺炎への言及が増えた
すべての肺炎を躍起になって治療するのが最良とは限りません。老衰に近い状態に起きた誤嚥性肺炎の患者さんに挿管人工呼吸管理をするのか。私は人道的に治る見込みのない侵襲的治療はすべきでないと思いますが、その判断は現場に丸投げされています。
学会の発刊するガイドラインの冒頭フローチャートで「肺炎」と診断された次の項目に「患者背景のアセスメント」が設けられたのは極めて意義の大きいことだと思います。例えば反復する誤嚥性肺炎や諸疾患の終末期、老衰など人生の終幕に近いところで生じた肺炎かどうか。まず其れを評価して該当する場合には、「個人の意思やQOLを考慮した治療・ケア」と記載されました。
②重症市中肺炎にステロイド併用を弱く推奨
一昔前には感染症にステロイドなんて非常識だと云われていました。とある高度医療機関の集中治療室では感染症治療中の患者にステロイド点滴をしているのを見かけると、クレンメをキュッと閉じて(主治医に無断で直ちにステロイドを中止して)怒鳴り散らす医者が居たそうです。
この10年程で肺炎に対するステロイド使用の研究成果が次々と報告され、時代は変わりました。糖質コルチコイドの抗炎症作用のみならず、鉱質コルチコイドによる電解質や血圧調整作用も有効なのでしょう。改訂前のガイドラインも同じ推奨でしたが、内訳をみると肯定的な意見が増えています。
最新のランダム化比較試験は2023年にNEJMに掲載されたもので、ヒドロコルチゾン200mg/dayを7〜14日間使用する研究モデルです。日本語版のアブストラクトを貼り付けます。
何でもかんでも薬を使えばいいということはありませんが、必要な症例に適切なタイミングで必要十分な量と期間の薬剤を用いることは内科治療の基本です。私が重症市中肺炎の治療手段として積極的にステロイドを使い始めたのは2018年頃で、いつも悩むのは終了するタイミングです。薬を始めるのは簡単ですが、特にステロイドは減らす時に臨床医のウデが試されます。
③「誤嚥性肺炎に嫌気性菌カバー」が必須とは限らない
誤嚥性肺炎の項目が新設されたことも、本ガイドラインの特徴のひとつです。超高齢化社会において誤嚥性肺炎は不可避の疾患ですから、学会としても診療方針を提示する必要が出てきたのでしょう。
抗菌薬の選択は推定あるいは検出された起因菌に依存しますが、誤嚥性肺炎の起因菌は多くが口腔内常在菌や腸内細菌です。特に膿瘍形成する場合や肺化膿症では酸素の乏しい環境で元気になる奴ら(嫌気性菌)が暴れやすいから、嫌気性菌活性のある抗菌薬を使う…と言われて育ちましたが、メタ解析の結果はどちらともいえないようです。
実臨床ではSBT/ABPCがよく効くものの、CTRXも十分効果を感じます。緑膿菌も叩かないとダメかなぁと思う誤嚥性肺炎にはTAZ/PIPCを使うこともありますし、個人的にはカルバペネム系を使うことは稀ですが、ではCFPMやCMZでは誤嚥性肺炎を治療できないのかと問われると、なんとも言えねぇ気持ちでした。
誤嚥性肺炎の診療では抗菌薬選択以上に重要なことがたくさんありますから、たぶん何を使っても大差ないのだろうと想像します。
ガイドライン全体としては、狭域抗菌薬を必要十分な期間だけ使用することを推奨したい雰囲気を感じました。そりゃそうだろ、と思うようなことであっても科学的に証明するのは大変なことです。ガイドライン作成に携わった先生方に至上の感謝を込めて、結びとさせていただきます。
拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。願わくは、自己流の滅茶苦茶な診療が減って医療の質が安定しますように。
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