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笑顔の嘘を見抜く話
職業柄、嘘を見抜くのが得意です。対面式の会話なら殆ど分かりますし、電話やメールでは精度こそ落ちるものの、嘘には独特の雰囲気があるものです。
健診異常で紹介受診となった人がいました。胸部画像の異常です。問診票をみますと、喫煙歴のところに「**歳から1日10本、現在まで」と書かれています。全体に小さい字を書く人でしたが、「10本」という部分だけ他より10%ほど小さくなっています。健診結果の紙面を嗅ぐと、しっかりタバコの匂いがしました。
10本といえばタバコ1箱の半分です。吸い方や環境にもよりますが、1日10本程度の喫煙では、それほどタバコの匂いが染みつくことは考えにくい。住居やコートなど洗いづらいものは別にしても、外部から届けられてから自宅に置いておく期間のそう長くない書類にタバコの匂いが染みつくなんて、どう考えても重喫煙者です。同居人に愛煙家が居ればその限りではありませんが、呼吸器内科医としての勘が告げています。かなり吸ってるぞ、と。
前提として、私は喫煙に否定的立場ではありません。それは個人の趣味嗜好の領域であって、医者風情が偉そうにどうこう言えるものではないからです。私は喫煙しませんが、タバコの香りを特に不快には思いませんし、適切なマナーを保持される愛煙家の方々には、ええじゃないかと踊ります。
ただし、その喫煙が健康を害し、当人がその不調を解決したいと望む場合には話が変わってきます。吸い続けたいのか、止めてみたいのか。自分の不調をどうしたいのか。将来的なリスクをどう捉えているのか。私は専門家として正確な医療情報を提供し、診療方針を相談していきます。
禁煙しないと診ない、という医者が多いでしょう。特に呼吸器内科医にとってタバコは諸悪の根源であって、悪魔的存在です。私は何もサタン崇拝するわけではありませんが、まぁそういうのいいじゃんと思います。吸いながら肺の治療を受ける人もいれば、さっぱり止める人もいます。希望があれば治療選択肢を提案する。それが私のスタンスです。
絶対的に必要なのは、信頼関係です。
タバコを吸っていようがいまいが、私にはどうだって構わない。死ぬまでタバコを吸うのだと言われたら、貴方が死ぬまで付き合いましょう。しかし、診察室で嘘をつく患者に、私は容赦いたしません。
胸部HRCTを撮影し、結果を説明しながら私は彼女に訊ねました。
「ところでタバコはどれくらい吸いますか。一日一箱?二箱くらいですか?」
「そんなわけないじゃないですか。」
そう言って彼女は笑顔を見せました。目と口元が同時に歪む、典型的な嘘の作り笑いでした。
完全にクロです。私に嘘をついたな?
10本くらいですよ、と曰う姿を眺めながら、私は会話を閉じました。かなり吸ってきた肺に見えますからタバコに弱い体質なのかもしれませんね、と言葉を添えて、それからは淡々と事実と病状と未来の予言を伝えました。簡単なマジナイをかけましたから、もう二度と会うことはないでしょう。
知らぬが仏と云うように、嘘と気付かないほうが幸せなこともあるでしょう。ただ混迷の世には悪意の嘘も蔓延っていますから、私は防衛手段として、今後も嘘と誠を見極めていこうと思います。
拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、皆の心地良く生きられる社会が実現しますように。
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#自然な笑顔は口元から始まり目に移り全体に広がります
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