少年と金魚、ペットロスの話
夏の終わる頃に我が家に迎え入れた二匹の土佐錦。手頃な大きさの水槽に砂利や水草、フィルター等を設置して快適な居住空間を演出しました。
幾度かの死線を掻い潜ってきた彼らの名はベア・グリルスとインディー・ジョーンズ。息子の命名です。毎日眺めては「かわいいねぇ」と呟きます。変化があれば直ぐに気づいて私に教えてくれるものですから、これまで大事に至らず過ごしてこられたのだろうと思います。
1月中旬に罹患した赤斑病は治癒したものの、インディーの体調が回復し切らないまま2月になりました。浮き袋の調子が悪いように見えて、水面近くに不自然な姿勢でいることが増えました。これは転覆病の初期症状に相違ないと考えうる治療手段を全て講じましたが、その日、インディーは生涯の幕を閉じました。
息子と娘と一緒に金魚を観察して、死亡確認をします。死亡推定時刻は同日午後、直接死因は転覆病と考えます。その旨を伝えると、息子はワッと泣き出して、金魚が死んじゃった、と言って大粒の涙を流しました。目を真っ赤にして震える息子を抱き締めて、お墓を作ることにしました。
「金魚、しんじゃったねぇ。かなしいねぇ。」
娘も息子の言葉を繰り返すように、悲しい表情で金魚を見つめます。頑張って治療したけど、助けられなかったよ。ごめんね。そう言うと息子は「かなしいね。インディー、がんばったね。」と呟いて、ぐいっと涙を拭いました。
庭に小さな穴を掘って、金魚の亡骸を埋葬します。墓標を立てて、3人で手を合わせました。その日から、ふとした拍子に息子は金魚のことを思い出し、水槽に一匹残ったベア・グリルスを「一人だとさみしいかなぁ」と心配そうに見つめました。
ペットロス症候群は、犬や猫に限った話ではありません。主観的に家族に近しいと当事者が感じる間柄であれば、爬虫類や魚類を対象にも起こりうる現象です。息子には、いいえ私にも、インディーを失った悲しみは大きいものでした。ケアの方法には色々なことが言われておりますが、息子と私にとっては、新しい金魚を迎え入れることが望ましいことのように思われました。
昨日、日用品探しにショッピングモールを訪れた私たちは運命的な邂逅を果たします。季節外れの金魚掬いが催されているではありませんか。
祭りでも何でもない突発的なイベントに驚きながら、私は息子の希望に向き合うことにしました。自分でやるんだよ、と言って料金を支払います。息子は小さな手をうまく動かして、ポイで金魚を追いかけます。和金を5匹。上出来です。嬉しそうな息子を見つけた娘が駆け寄ってきて、
「ぼくも!ぼくもきんぎょしたい!」
と懇願の眼差しを私に向けました。4歳児なら金魚掬いも出来ましょうが、娘は2歳です。しかし、この眼差し。彼女からハンターの風格を感じた私は、そっと料金を支払いました。
小さな手では椀を持てませんので私が助手を務めます。彼女はジッと睨み狙いを定め、黙したまま半円を描くようにポイを動かしました。そうして彼女は6匹の和金を掬い出し、ふすー!と得意気に鼻息を荒げました。コイツ何者。
あらゆる動物の苦手な我が家の軍曹は、
「多くね…?」
と渋い顔をしておりましたが、子どもたちの懇願によって「外で飼うなら、いいけど。私は世話しないからね。」と飼育の認可が下りました。
こうして渡邊家に11匹の仲間が増えました。
1匹の土佐錦と11匹の和金。ひとつの水槽に混泳させるべきではありません。私は物置から古いバケツを引っ張り出してきて、これを外に置いて池にしようと言いました。子どもたちは大歓喜で、小石を入れたり水草を入れたりして、金魚の居住空間を作ります。まだ寒いので屋外は少々心配ですが、和金は強いので生き残るような気がします。酸素や水換え、適度な餌やりは私の役割です。子どもたちも興味があれば、自然と真似するようになるでしょう。
三寒四温、不安定な気候が続きます。
暖かい日は伸びやかに、寒いときには大人しく、気候のリズムを感じて参りましょう。
拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方の冬が穏やかに暮れて、静寂の暖かさを迎えますように。
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#ペットとの暮らし
#名前って大切だよなと再認識 #インディーは映画の中の人物ですが #ベアグリルスは英国軍隊出身の冒険家 #やはり生命力がすごいのかもしれない
#11匹の金魚には次々と友人の名前を流用する息子
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