かぜ診療/虚実の対照【漢方医放浪記】
娘と息子が風邪をひきました。
ひどい咳と高熱の、いま流行ってるやつです。
病名は「ヒトメタニューモウイルスによる急性気管支炎」ですが、其々の病状と最適な治療法は大きく違いましたから、書き起こして参りましょう。
2歳の娘は発症日に40℃の発熱に至り、ゼーゼーと喘息のような呼吸音を立てたり吐きそうなほど激しい咳をしたりしました。ぐったりして食欲も少なく、水分は摂れますが些か心配な雰囲気です。背中の皮膚は湿っています。
脈は浮・数・緩・大です。太陽病位虚証。
基本にしたがって成人1回分の1/2量の桂枝湯を服しますが、これだけでは心許ない。同時に鎮咳・抗炎症作用を期待して五虎湯を加えます。これは麻杏甘石湯に桑白皮の一味を加えた処方で、虚証にも比較的安全に使用できます。
朝に一服、6時間後に一服を追ったところで解熱し始めたので、就寝前には桂枝湯のみ與えて夜を過ごしました。翌朝には殆ど回復していたので日常生活に戻ってみましたが、午後には発熱と咳が再燃してしまいました。
どうしたことかと診察しますと、脈が浮・数・弦・脾虚に変じています。病み上がりに頑張り過ぎてしまったのでしょう。脾のケアは桂枝湯に任せて良さそうですが、弦脈が厄介です。腹診所見の変化は脈に比して緩徐のため急性期にはアテにならないことも多いけれど、一応診ますと、妙にくすぐったがります。太陽病合少陽病位の虚証とみて良いでしょう。
五虎湯合小柴胡湯(1/3包ずつ合わせたもの)を服して6時間後、咳が減ったことを確認してから柴胡桂枝湯に切り替えます。成人1回分の1/2量を就寝前に與え、翌朝から之を1日2回で続けます。発症から4日目、娘はすっかり治りました。
娘が回復したのも束の間、4歳の息子は咳から始まり微熱かと思った日の夕方に39℃の発熱と頭痛をきたしました。咳は娘ほど激しくはありません。背中は乾いて発汗が少ないことがわかります。
脈は浮・数・緊です。太陽病位実証。
典型的な麻黄湯の証です。成人1回分の1/2量を服して経過をみましょう。じわりと汗をかけば快方に向かうはず…。
翌朝、期待に反して熱は下がらず、却って食欲も落ちて怠そうにしているではありませんか。しまった、麻黄が多かったか。速やかに桂枝湯を與え、以降、桂枝二麻黄一湯の方意に近づけます。煎じ薬があればいいのだけれど、家に適したものがなかったのでエキス製剤を調剤して創薬します。
発症3日目、息子は平熱に戻りました。
平熱に戻りましたが、暑いといって冷水を好みます。腹痛を訴えるので腹でも冷えたかと思ったものの、朝食を始めた直後に噴水のような嘔吐をしました。吐いた後には幾らか楽になったようですが、これは水逆の症状です。食べても飲んでも吐いてしまいますが、聴診と触診で腸閉塞らしくないことを確認し、以て漢方医療の守備範囲と判じます。
脈をみますと、沈・数・大・実。証が変じています。解表がうまくいかず、病邪が陽明病位に侵入したのでしょう。
ここで五苓散の出番です。
余剰の水を巡らす五苓散は、不足の水を巡らす真武湯との鑑別が重要です。真武湯証は必ず裏寒すなわち内臓の冷えがあるため、冷水よりも温水を好みます。また脈は沈・遅・細・虚のことが多いでしょう。これは五苓散の沈・数・大・実と明確に異なる所見です。
成人1回分の2/3量を服して様子をみると、30分ほどで「おなかいたくない…」と回復の兆しがありました。嘔気も消失し、少しずつ水分を摂ることができました。内服から2時間後には「おなかすいた」と食欲が回復し、温うどんを旨そうに食べました。昼寝の後にはすっかり元気になって、散歩に出ることも出来ました。
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今回のエピソードでは典型的な太陽病の漢方診療を展開し、子ども達の風邪をすみやかに治療することができました。桂枝湯を起点にした太陽病虚証の治療と、麻黄湯を起点にした太陽病実証の治療は、最も基礎的で重要な漢方診療です。
なんだか専門用語が多くなってしまいました。難解な部分は読み流していただきながら、漢方診療の臨場感をお伝えすることができたら幸いです。
また、漢方医学に詳しい方からは、ツッコミどころが色々あるかもしれません。中医学とは起源を同一にしながら相当異なる医療体系であること、また漢方医学自体にも様々な流派があることを添えて、結びとさせていただきます。
拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、いい感じの漢方診療が広まって、優しい医療が展開されますように。
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#腹診所見は時間差がありますので参考程度
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