三陸鉄道・ナイトジャングルトレインの魅力〜好きなもの追い求めたら推したい会社ができました〜
動物が好きだ。
犬も猫も小動物も爬虫類も野生動物も大好きだ。
大学ではツキノワグマを研究したし、会社員時代はニホンジカの調査をしていた。
そんな私なので、「ナイトジャングルトレイン」というイベントの話を聞いたときには、食指が動きまくった。
なんでも、
夜に徐行しながら電車を走らせ、
電気を消した車内から
沿線に出没するシカを観察する
のだという。
なんやソレ……!!
もう、聞いただけで食指ぐるんぐるん。
主催は岩手県を走る三陸鉄道。あの連続テレビ小説「あまちゃん」のロケにも使われた鉄道だ。
ナニ?! 去年もやっていたとな……!
私としたことが、全然知らなかった。
これはますます行かないわけには!
と、夏休みの自由研究の課題を探しているちびっこか、ごく一部の同志にしか理解されないであろう使命感を抱えて、私は申し込みをすることにした。
ネットの広告には、申し込みフォームなんてものはなく、電話番号だけが書いてある。
ローカル感が伝わってくるものの、ホームページはとてもきれいでオシャレな雰囲気。さっそく番号にかけてみる。
『はい、三陸鉄道でございます——』
電話に出た方は、ホテルのコンシェルジュのような丁寧さだった。(ちなみにこの後何回か電話する機会があったけど、みなさんめちゃくちゃ丁寧だった)
ホッとして、ジャングルトレインの空き状況を調べてもらう。昨年いろんなメディアに取材されていて、その様子を見る限りでは大盛況だったらしいけど、今年は大丈夫かな……。
『2名様ですね。なら、まだ空いております』
ヤッター!!
こうして私は、ナイトジャングルトレインの乗客にエントリーしたのだった。一緒に行ってもらうつもりの夫の意向をいっさい聞かずに……!
■いざジャングルトレインへ
集合場所は、三陸鉄道の釜石駅。
いきなり嫁に「シカ見に行こ!」と誘われた夫の、「車のほうが安いよ」の一言で、遠路はるばる1泊かけて車で行くことになった。
前泊した水戸から北へひた走ること約5時間、釜石にたどり着く。
駅のロータリー前には、JR釜石駅と三陸鉄道の釜石駅が肩を並べている。
釜石駅の待合室は、こぢんまりとして昔懐かし〜い雰囲気。
さて、時間になるとさっそくホームへ案内された。と、突然、「あそこ!」と指を差される。
シカーーーーーーっ!!!!!!
ホームに上がってわずか5秒。第一村人ならぬ第一ニホンジカを発見。しかもこの後うしろからゾロゾロ2頭でてきた。
聞けば、これはめずらしいことではなく、もっと近くに来たり、駅のロータリーに出たりすることもあるらしい。(興奮)
「走ってる最中に出没するかわからないので、あの3頭もカウントしまーす」
と茶目っ気たっぷりな鉄道員さんだけど、絶対出るよねと思わずにはいられない。
そうこうしているうちに、我々が乗り込む「ジャングルトレイン」がやってきた。車両前面の丸いヘッドマークが、シカ列車仕様になっている。
シカを観察するのに窓を開けるため、ジャングルトレインでは古いタイプの車両を使うのだそうだ。
ほどなくして、列車は出発。
本日の案内役は、三陸鉄道の橋上さん。
「運転士さん、ゆっくり走ってくださいね〜!」と橋上さん。
そう、これは貸切の臨時列車。ゆっくりとか止まってとか、思う存分ワガママが言えるのだ……!
しかもなんと、ゲンを担いで、今日の運転士さんは去年のイベントでいっぱいシカが出たときと同じ方なのだという。なんという配慮(笑)。
釜石駅からまずは20分ほど走って大槌駅へ。そこで折り返して消灯し、徐行運転を開始するとのこと。
大槌駅に向かう車内では、橋上さんから動物との衝突事故事情のお話があった。
「三陸鉄道、2022年は合計177回、動物とぶつかってしまいました。だいたい2日に1回ペース。これは2021年とほぼ変わらない回数です。
内訳はシカ、クマ、カモシカなどですが、回数はシカが8割以上と圧倒的に多いですね」
そう、シカと列車の衝突事故は三陸鉄道に限ったことではなく、全国で問題になっている。
警戒心の強いシカがあえて鉄道沿線に出てくる理由はよくわかっていないものの、鉄分を補給するためにレールを舐めにくるという説もある。何にしても、シカの数自体が爆発的に増加しているからなのだ。
実際、昔はシカを轢くようなことはなかったらしい。
「私も運転士をしてましたが、入社当時はシカとの衝突事故なんてなかったんです。それが20年くらい前からだんだん増えてきました。暖冬でシカの生息域が広がっているのも原因のようです」
さて、お話の後、強力な懐中電灯が配られた。これで暗闇を照らし、シカを観察するのだ……!
さらに、運転席の隣には三陸鉄道写真部の若手の鉄道員さんが2名同乗していて、「右にいますよ!」などと観察をアシストしてくれる。
まさに磐石の構え。
■いよいよ消灯
さて、釜石駅スタートから約1時間。ついに車内の電気が落とされた。
そのままシカがよく出没するポイントまで走り、徐行運転を開始するという。ライト片手に固唾を飲む私。車内には子どもたちの「楽しい〜!」というワクワクした声が響き渡る。
「運転士さん、気合入ってますか〜?」
と橋上さん。
「いえ〜い!」と答えたくなる私。
ライブ会場か。
最高潮の雰囲気の中、ついに列車が停まる……!
「みなさん窓を開けてください!」
言われた通りに窓に手を掛け、押し開けた瞬間、
いたいたいたいた!!
「すでに何頭かいたようです。いいですか、ここからが本番ですよ。見つけたら大きな声で教えてくださいね!」
三陸鉄道ナイトジャングルトレイン、暗闇の中、出発進行!
「あっ! 5頭いました!」
「いたいた!」
「いっぱいいる!」
シカーーーッ!!!
あっちにもこっちにもシカーーーッッッ!!!
しかも、一番びっくりしたのは、
「クマ!! クマがいる……!!!」
2頭の子連れグマが、木の下からこちらを見ていた……!
興奮と振動と暗闇で、写真ブレブレ。
行きはそこそこ長く感じたのに、そんなこんなワーキャー言っていたら本当にあっという間だった。
この日出たシカは、少なくとも24頭。
大人も子どもも大興奮の熱狂冷めやらぬまま、釜石駅に戻ってきた私たち。
橋上さんが、「また三陸鉄道に乗りにきてね」と話しかけると、子どもたちは笑顔で「楽しかった!」と手を振っていた。
私も同じきもち。めっちゃくちゃ楽しかった!
■推したい会社ができました
ちょっと話は戻って、消灯する前の車内。ナイトジャングルトレインとタイアップしている盛岡市動物公園ZOOMO、辻本園長からのビデオレターが上映された。
(園長さんがモニターの中でフリップを出して説明してくれるのに合わせて、目の前でも同じものを見せてくださるのにとてもホッコリした……という話は置いといて。)
シカの生態の話も興味深かったけど、特にお話の最後、増加するシカ問題の話題が印象的だった。
「シカの増加は、鉄道事故も含めて大変な問題です。いまは人の生活と自然とのバランスをうまく取ることができていない。そのために、もちろん数を減らすことは大切ですが、どんどん獲って殺せばいいわけでもありません。私たちは、この星で一緒に暮らしている同じ生き物なわけですから。
今日、夜の闇の中でシカを見てとっても興奮すると思いますけれども、ぜひその後には、自然や命の大切さも考えてみてください」
ビデオレターのあと、橋上さんも「今日参加しているちびっこのみなさんも、ぜひ命について考えてみてくださいね」と続けた。
衝突事故、農林業被害……。普段から動物たちと対峙している人たちからすれば、野生動物は「かわいい」だけでは済まされない存在のはずだ。
そんな中、シカをただの「被害」で終わらせない逆転の発想で生まれた「ナイトジャングルトレイン」。
三陸鉄道がこのイベントを企画し、開催したその心意気。
動物に悩まされる立場の鉄道会社が企画したイベントというところに大いに意義があると感じる。
電車で森に分け入り、シカを見て、なおかつシカに見られる。どっちが偉いとか劣っているとか、そんな優劣はない。まさに、私たちは同じ星に暮らす同じ生き物なんだと実感させてくれた気がした。
そもそも、車内からシカを眺めるなんて、なんてすてきなイベントなんだと思ったけれど、三陸鉄道がやさしい鉄道会社なんだということは予約電話の担当の方の雰囲気からして感じ取れたし、参加してみて確信に変わった。
当日対応してくださった鉄道員さん、駅の窓口の方、みなさんが三陸鉄道の「やさしさ」を作り上げていた。
三陸鉄道は、「地域のために」と走り続けてきた鉄道なのだそうだ。
2011年、東日本大震災で壊滅的な津波の被害を受けた時も、5日後には一部区間で復旧し、無料運行を開始したという。
ようやく全線が開通したと思えば、今度は2019年に台風19号の被害に見舞われ、全線の7割が運休に。このときも不屈の精神で蘇り、2021年には東京オリンピックの聖火を乗せて走った。
ところが、コロナ禍の影響もあって、乗客は大幅に減少。支援交付金で何とかしのいでいるものの、依然厳しい状態は続いているという。
現場は大変な思いをされていると思う。思うけど、今回のイベントといい、不思議とどんよりとした悲壮感は漂ってこない。
見てください、これとか。
三陸赤字せんべいですって。
行く前に調べて、心のいいねボタンを押しまくってしまった。この赤字さえもネタにするセンス。たまらなく好きだ。
これは買わざるを得ないと思って駅で探したら、隣に「黒字化をめざすクロジカせんべい」なんてものも売っていて、さらに拍手喝采、スタンディング・オベーション。
三陸鉄道の沿線の企業と組んで商品化したものです、と窓口の方が言っていた。すてきだなぁ。微力ながら応援したいと思って購入した。
三陸鉄道。
野生動物という人生の推しを追いかけたら、思いがけず推したい会社ができてしまった。
やさしくてあったかくて、すてきなローカル鉄道だった。
がんばってほしい。
絶対また、乗りに行く。
そして、ナイトジャングルトレイン、ぜひ来年も開催してほしい。赤字せんべいをバリバリかじりつつ、心に願う。