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夜の余韻の中で

最近、行きつけのお店ができた。
店主こだわりの一杯を味わえる感じの良い喫茶店だ。

私は毎週土曜日、所属している音楽団体の練習に通っている。
これまでは20時頃に終わって直帰することが多かったが、最近は家に帰る前に練習場所近くの喫茶店に寄ってから帰宅するようになった。

私は実家暮らしなので家の中は良くも悪くも賑やか。
土曜の20時に帰宅すると、家族はもうお酒を飲んで出来上がっていることも多い。賑やか、もとい正直騒がしいのである。
練習終わりは多少なりとも疲れているし静かに過ごしたい……。
元来一人で静かに過ごすことが好きなので、帰宅してすぐ騒がしさの中に放り込まれると辟易してしまう。
うんざりしつつも軽く何かつまんでお風呂に入って部屋に閉じこもる、ということを数か月繰り返していた。

4月の頭に仕事で職場を離れて会議に出席した。
その日は職場に戻らずそのまま直帰して良いそう。
会議の場所が職場と家の間だったため、早く帰れて良い気持ち。
「そうだ!このままカフェとか寄っちゃお~!」と思うと同時に検索。
どうやらもう少しだけ行ったところに珈琲とケーキが美味しい喫茶店が。
インスタグラムでお店の写真やメニューを見てもとっても良い感じ。

張り切ってお店に向かうもなんと満席で案内できませんとのこと……。
人気店なのね……。
渋く落ち着いたお店かと思ったけど想像以上に賑わっていて驚き。その日はそのまま帰宅……。

次の練習の日、その行きそびれたカフェのインスタを見るとなんと夜22時まで営業しているとの表記が!
練習終わりそのままの足で喫茶店に直行。
この前は気づかなかったけどこのお店、練習場所からも行きやすい所にある。
駐車場には車が1台停まっているのみ。今日は入れそうだ。

お店に入ると先客は居らず、眼鏡の似合う店主さんが椅子に腰かけ読書をしていた。
どうやら駐車場に停まっていた車は店主さんのものだったみたい。

「こんばんは。カウンターにどうぞ。」
と落ち着いた声で促され座る。
センスの良い深い茶のカウンターテーブル、その手元を照らすアンティークであろうランプ、座り心地の良い木の椅子に小さく流れるジャズ。少し青色がかったグレーで丁寧に塗られた壁。
この前は昼間にきて賑わっていたけど、このお店は夜の雰囲気の方がゆったりとしていて素敵かもしれない。直感的にそう思った。

うっとりと店内の雰囲気を楽しんでいると、そっとグラスを差し出される。
「こちら、白湯でございます。まだ夜は冷えますからね。」
お店で白湯を出されるって初めてかも。直ぐにおなかを冷やしてしまう人間なのでとても嬉しい。

水だしコーヒーやカフェラテ、ブレンドティーや自家製のケーキなど様々な魅力的なメニューの中から、季節ごとに配合を変えて焙煎しているという季節のブレンドとチョコテリーヌをお願いする。
店主さんが目の前で丁寧に丁寧にドリップしてくれるのをちらちら見ながら読書をする。カウンター席の特権だ。
それにしてもドリップがとても丁寧。何より香りが良く、否応なしに期待が高まっていく。

じっくりと淹れられたコーヒーと、生クリームがちょこんと添えられたテリーヌ。
白地に青い柄の入った小気味の良いカップとお皿に乗せられて目の前に運ばれる。
なるほど。見た目が美しい。これは写真映えもするし人気店になるのも頷ける。
まずはコーヒーを一口。濃い目に抽出されているけど、嫌な苦みは全く感じず香ばしくてとてもおいしい。
好みの味のコーヒーでうれしい。
甘さ控えめながらもどっしりとしたチョコテリーヌとコーヒーの組み合わせも抜群だ。

すぐに無くなってしまわないように、無くなるのが名残惜しいように、ちびちびと味わいながら読書をする。
時折店主さんが洗い物をしたり作業をしたりする音が聞こえてきて心地良い。
ああ、これこれ。私はこういう時間が欲しかったんだ。

それから私は、土曜日の練習後には決まってそのカフェに足を運ぶようになった。
疲れた体と頭に、ゆるやかな時間とおいしいコーヒーとケーキがしみわたるのだ。

通い始めて三度目くらいから店主さんが
「いつもありがとうございます」
「今月のブレンドはお気に入りの味にできたんです」
等と軽い話をしてくれるようになった。
なんだか自分にとって居心地の良い場所ができたような気持ちになって嬉しい。

練習から直帰するのではなく、間にカフェを挟むことによって頭も体もリセットできている感覚があるし、読書が捗るのも良い。
週に一度、お店のおいしいコーヒーを飲むことがご褒美にもなっている。
夜の余韻といえようか、夜の静けさを味わえている気さえする。
まだまだ大変な時勢は続いていきそうだけれど、心穏やかになれる場所を大切にしながら過ごしていきたい。

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