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ショートショート、短編

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【ショートショート】 世は大霊能者時代

【ショートショート】 世は大霊能者時代

 世界は静かにその瞬間を待っていた。

 量子物理学が示す「多世界解釈」――無数の並行宇宙が、我々のすぐ隣に存在している。普段、その境界は、互いに干渉しない。しかし、2025年、その均衡が崩れると予測されていた。次元の壁が薄れ、見えざる世界が交差し、別の現実がこちら側へと滲み出す。

 そこから現れるもの――「大悪霊」。古の時代、別の次元に封じられた存在が、今この現実に足を踏み入れる。

 現代兵

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【ショートショート】 隣人の音

【ショートショート】 隣人の音

 ギーコ、ギーコという音が隣人の部屋から聞こえてくる。平日の朝だというのに、勘弁してほしい。朝の貴重な睡眠時間を2日連続で阻害されている。

 朝の睡眠を邪魔されるのが人生で2番目に嫌いな私は、隣人を豚箱にぶち込みたい程に機嫌が悪くなった。

 疲れたままの体を引き起こし、タバコに火をつけて、まだ薄暗いベランダに出る。

 一服終えて部屋に入ろうとした時、隣のベランダから荒い息づかいが聞こえてきた

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【ショートショート】 夜のブランコと発泡酒

【ショートショート】 夜のブランコと発泡酒

 寝れない。寝る事ができない。時計の針はすでに深夜2時を過ぎている。

 ベッドに潜り込んだものの眠れそうな気配がない。心臓の音が耳のすぐ近くまでやってきて、騒いでいる。

 まるで自分の心臓が、自分に対して寝ることを咎めているようだ。カリカリと鉛筆の先を削るように、精神が痩せ細っていくのを感じる。

 四十を超えて、無理も効かない体だ。いつ崩壊しても不思議ではない。

 寝ることを断念した俺は、

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【ショートショート】 白いお皿とアナタ

【ショートショート】 白いお皿とアナタ

「知ってるかい?」

男はテラテラした白い皿を見つめている。

「メスのカマキリってのは交尾が終わった後、オスを食べちまうんだ」

「だからなに?」

「いや、ただ聞いてほしいだけだよ」

「頭からさ。頭から食べるんだよ。すごいよな。どんな気分なんだろうな」

「……ちょっと黙っててくれない?」

「つれないなぁ。もういいじゃないか。なぁ……」

男の声は掠れていた。

ゆっくりと女に手を伸ばす。

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【ショートショート】 労働

【ショートショート】 労働

夕暮れ時の閑散としたファミレスで、私はコーヒーをすすっていた。ふと視線をあげると、でっぷりと太った悪代官みたいな風貌の男と、東南アジア系の四十代の半ばくらいの女が入店してきた。女の顔には疲れと、深い皺が刻まれていた。

男は当然のように上座に腰をおろし、女はテーブルの上をせっせとアルコール消毒してから席についた。

話しぶりからすると二人は初対面のようで、どうやらこれから面接が始まるらしかった。フ

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【ショートショート】満ち満ちる

【ショートショート】満ち満ちる

男は、何も感じていなかった。ただ土を掘る感触、シャベルの音、それだけが彼の現実を繋ぎとめていた。

記憶はほとんどなく、何をしているのかも分からない。ただ、掘らなければならないという衝動に突き動かされていた。

周囲は深い森だ。空気は冷たく、湿り気を帯びている。遠くで鳥が鳴いているが、それすらも遠い出来事のように感じた。

ここには自分しかおらず、自分以外は何も関係がない。掘ること、それだけが彼の

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【短編小説】 新人類

【短編小説】 新人類

昼下がりの地下鉄は乗客がまばらだ。対面には若い女が座っている。短いスカートを履いており、スマホを熱心に操作していた。

私は電車の中で苦悩していた。旧人類となるか、それとも新人類として生きるのか。

世の中には経済を見通すのではなく、スカートの中を見通していた経済学者がいるが、私も同じ穴のムジナだ。大学教員でありながら、性に正直である。

いつもであれば、見られている側が恥ずかしくなるほど熱視線を

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