都知事選に立候補したSF作家、安野貴博さんの小説『サーキット・スイッチャー』を読んでみた!
まず、読後の第一印象として。
2024年東京都知事選に出てきて「AI都政を強くアピールしている方」云々…という最近の時事ニュースのことはいったん保留して、
純粋に、SF小説として読んでみた場合、
普通に面白かったです!
しかもこれ、最終的には、
「AIと付き合っていくとなると、この小説に描かれていたような憎しみ合いやテロも起こり得るが、そのとき、読者の皆さんはどうしますか?主人公の坂本がラストで下した『決断』を、あなたは指示できますか、指示できませんか?」
と問いかけてくる、なかなかに哲学的な、議論喚起型の物語なのです。
なにしろ、近未来に起こる驚くべき手法のテロ事件をシミュレーションしたサスペンスで、後半に意外なドンデン返しもあるので、ネタバレはしないように簡単にのみ、紹介しますと、
自動運転が当たり前になった近未来の東京で、
自動運転のベンチャーの社長である坂本なる主人公が、突然、テロリストに誘拐され、リアルタイムで動画配信をされながら過去の「罪」を追い詰められていく、、、というサスペンスなのですが、
テーマは、つまり、トロッコ問題です。
自動運転の車が、もし、交通事故になりそうなシチュエーションに置かれた時、目の前に二人の人間がいて、「どちらかを犠牲にすればどちらかが助かる」という状況になったとして、、、いったいこのAIには、「その場合は、何を基準に、助ける人間と犠牲にする人間を判定せよ」とプログラミングするのか、という問題です。
もちろん、主人公の坂本は、
「私がプログラミングした自動運転は、公平なトロッコ問題解決をチューニングしている!」
と主張するのですが、テロリスト側は「不公平なプログラムになっている」と証拠を突きつけてくる。
ところが、これ、後半になると事態は意外な展開を見せる、、、そもそも、AIに対して、誰が何の基準を持って「倫理」を教えるのか、という問題と、
もうひとつ、「倫理」を教育したとして、自己進化してしまうAIはそんな枠にはまりきるものなのか、、、という問題、二重にある。
じゃ、曲がりなりにも、そんなAIを商品として全世界に展開してしまった坂本の、責任の取り方はどうあるべきか、、、というところで、ラストのあの「意外な決断」になるわけですが、
これは読者によって議論を換気するラストでしょう。
私個人の感想を言えば、AIとの共存はもはや不可避と私も考えており、しかし、この小説に描かれている以上の突拍子もない事件や混乱がAI導入期には起こるだろう、と予想している点で、実は私はこの著者よりもペシミスティックな未来予想者です。
ただし、それでも、AIがもたらすメリットの大きさを考えると、政治や経済への積極的なAI導入の推進には賛成です。いろいろな混乱はあるでしょうが、それをなんとか「最小限の混乱」に抑えつつ、恩恵をみんなが受けられるフェーズに移行したい。
そういう、AIについてアンビバレンツな評価をしている私に、この小説の「賛否両論ありえるラスト」はとても気分として合っているし、このような冷静なテクノロジーSFを描ける方が都知事に名乗り出たのは大変興味深いことと思っています。
というわけで、SF小説『サーキット・スイッチャー』を楽しく読みましたが、実はこの小説、上述したストーリー性以外にも読みどころがあって、「フィボナッチ数列に沿って痛みが増していく拷問器具」とか、「リアルタイムの動画配信に巧みにディープフェイクを交えて世界を騙すテロリスト(そしてそれを見破る警察側の活躍)」とかいった、理系コネタ好きをニヤリとさせる小道具やディテールの数々の書き込みが、実に細かくて、いちいち、興味深いのです!そういうところは「攻殻機動隊」に似てるかもね。「あー、あの数学理論(とかIT小技)をそういうふうにアクションの仕掛けに応用したか!」と、細部に、かなり、楽しめるところがあった。