【読書録】『人間の証明』森村誠一
今日ご紹介する本は、森村誠一の長編推理小説『人間の証明』。私の読んだのは、角川文庫版。本作品が発表されたのは1976年。森村誠一の代表作であり、松田優作主演の映画をはじめ、繰り返し映像化もされているので、ご存じの方も多いだろう。
(以下、ネタバレご注意ください。)
舞台は、高度経済成長期の東京。高級ホテルの高層フロアへ向かう急行エレベーターに、ある夜、いかにも場違いな黒人青年が乗り込んできた。42階の超豪華ダイニングフロアに到着すると、その黒人青年が倒れ込み、間もなく死亡が確認された・・・。物語はそんなショッキングな場面から始まる。
つかみがうまい! まずここで、既に物語の虜になる。
その後の物語の展開も、テンポが良く、ぐいぐいと引き込まれた。手に汗握り、ハラハラしながら読み進めた。ページを繰る手が止まらず、一気に読み通してしまった。最初のシーンを読んだ時には想像だにしなかった、壮大なストーリーだった。「そんなバカな・・・」「えっ、どういうこと?」「うわっ、そうきたか!」と、思わず声に出てしまう。
不思議な世界観だった。東京の高級ホテルやニューヨークのハーレムが出てくると思ったら、山奥にある秘湯・霧積温泉に舞台が飛ぶ。「ストウハ」「キスミー」という謎めいた英単語。ぼろぼろの麦わら帽子に、西条八十の詩。ミステリアスであり、ノスタルジックでもある。読み進めるうちに、点と点が線のようにつながって、不思議な因縁が浮かび上がり、壮大な伏線回収へと向かう。
登場人物のキャラ設定が分かりやすいのも、良かった。著名な家庭問題評論家の八杉恭子と、そのセレブな家族(政治家の夫、エリート校に通う息子と娘)。ハーレム出身のニューヨーク市の刑事、ケン。そして、後の森村作品にシリーズものとして登場する若き棟居刑事。
ストーリーの面白さもさることながら、深みのある描写も素晴らしい。高度成長期の日本社会や、家族の問題。戦後のドサクサを生きた人々の壮絶な人生、悲しい出来事、やるせない感情。生々しくリアルであり、社会派でもある。人間の業の深さや、運命のいたずらについての描写には、しみじみと考えさせられた。
やられた、負けたわ・・・。読了後には、よくできた推理小説ならではの、爽やかな敗北感を味わった。
なお、この作品の時代背景は、戦後から高度成長期にかけてのものであり、団塊ジュニアの私には、ややイメージしにくかった。若い読者であれば、なおさらそうだろう。私たちの親世代、今の70代以上の読者の方々が一番楽しめるかもしれない。
しかし、時代背景が変わっても、この作品の醍醐味は、全く色褪せない。「人間の証明」というタイトルどおり、人間の本性とはなにか、について、ぐいぐいと迫ってくる。しばし現実世界から離れて、人間の深部をえぐる壮大な物語に没頭したい人には、自信を持っておすすめする。
最後に、私の温泉系記事の読者の方へ。本作品をお読みになり、群馬県の秘湯、霧積温泉に行かれることを、強くおすすめしたい(もしまだであれば)。優れた推理小説と秘湯のコンビは、究極のエンターテインメントだから・・・!
ご参考になれば幸いです!
松田優作主演の映画(1977年)はこちら。
渡辺謙主演のドラマ(2001年)はこちら。
藤原達也主演のドラマ(2017年)はこちら。
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