源氏物語が「解らない」3つの理由 第1部(出世編)のあらすじ解説つき
源氏物語、原典または現代語訳を読んだけれども、何が面白いのか解らない…。そういう声をよく頂きます。平安では少女にも解った面白さが、なぜ現代人には理解不能なのか? 要因3つと、押さえるべき「古典常識」をまとめました。
この記事は、YouTube動画『源氏物語Su-分講座 第1部(出世編)Part2』の内容を、テキストと画像で要約したものです。動画で見たい方はYouTubeを、文章で読みたい方はこちらをどうぞ。
前回のおさらい:第1部の骨格
源氏物語の第1部は、
主人公の誕生→挫折→最終的には成功
という、エンタメ作品の王道を行く構造になっています。その途中には、熱い友情や恐ろしい女性悪役、ラストは親友とのバトル、など、エンタメ要素が用意されています。
前回の内容をもっと知りたい方は、こちら!
直上のリンクは、前回の内容をまとめたnoteです。当該YouTube動画へのリンクも貼ってあります。
源氏を読んでも、骨格がつかめない訳は?
このように「シンプルにワクワク♪」な源氏物語・第1部ですが、
現代人は、原文または現代語訳をマジメに全部読んでも、この骨格を読み取れないことが多いのです。
平安時代には、菅原孝標女というティーンが夢中で読んでいましたから、「子供でも解る」内容のハズなのです。なぜ現代人には読めないのか。
その理由は3つ、①長い、②文章があいまい、③現代と常識(または価値観)が違いすぎる、です。
源氏が解らない3つの理由:その1
これは、容易に想像がつくと思います。全部で54巻もある長編だからです。(加えて、当時のキャラ名が現代人には覚えにくいんですよね…)
源氏が解らない3つの理由:その2
源氏物語は、「老いた女性が昔を思い出して語っている」という体裁の文章で書かれています。たとえて言えば、
彼はオリンピックで金メダルを取りました!
と言うべきところを、
「〇〇の君は、4年に一度の祭典で、一番よい色のをお取りになったのでございます。」
と書いているようなものです。(平安貴族は、狭い社会で生きていましたから、とにかくあいまいに、角を立てずに話そうとするのです)。
こういう内輪向けの語り口は、「4年に一度の祭典=オリンピック」「一番よい色の(メダル)=金メダル」だなと、ピンと来ない人には解りにくいですよね。現代人が源氏を読む場合、このトラップに足を取られてしまい、読む際の負担が大きくなります。
源氏が解らない3つの理由:その3【最重要!】
源氏(に限らず平安文学全般)を読む折、最も難しいのは
現代との常識の差
です。孝標女には当たり前だった「常識」が、現代人にはありません。
またオリンピックを例にひきますが、「彼は金メダルを取りました!」という文章、現代人には(スポーツに興味のない人であっても)、「すごいアスリートが成績を出したのね」という本旨が解るでしょう。
しかし、仮に平安人がこの文を読んだとしたら、「オリンピック?金メダル?…速く走れることに何の価値があるの?」等々と感じてしまい、文字ヅラを追うだけになってしまうでしょう。
現代人が源氏を読む際には、この逆バージョン現象が発生します。
(例)
この文章を読んだ現代人は、「…なるほど、光源氏は皇子に生まれて、そのあと源氏になったのね」と読解します。
しかし平安人なら、
「えッ?!皇子という尊い尊い地位を失ってしまわれたの?!こんなに『美しく、何をやっても万能』というすごい方が、天皇になれない訳?!こんな世の中おかしいよ!」等々の感想を持つでしょう。オリンピックにたとえれば「会場内、その判定に大ブーイング!」状態です。
つまり、現代人は文字ヅラは読めても、「作者が言おうとしたこと」は汲み取れない、という訳です。
源氏を読むなら、これだけは押さえよう!
源氏物語を読むにあたって、カギとなる知識を3つ挙げます(源氏以外の平安文学にも有効です、特に平安中期以降の作品)。
1)平安人にとって成功とは:主人公が皇族系の男性なら「天皇になること」です(平安時代の皇位継承は、生まれた順ではなく権力・身分・運による駆け引きで決まります)。女性なら「皇后になること」です。
ちょっと妥協して、「大臣またはその奥方になること」を目指すものもあります。
2)挫折とは:天皇の子として生まれた人には「皇太子になれない」が不運・不幸・挫折です。皇族から外されるのも然り。また平安貴族にとっては、都こそ世界の中心でした。だから「都にいられなくなる」のも「挫折」でした。
3)権力闘争とは:平安の権力闘争は「娘を皇后にする」ことがカナメでした。政治とは、天皇の後見人(近親者)がおこなうものだったからです。したがって、貴族たちはこぞって娘を天皇に嫁がせ、最も愛されるよう圧力をかけました。
要点を踏まえて:「桐壺」巻
以上の「覚えておくべき3点」をふまえて、源氏のあらすじを見てみましょう。
1巻の桐壺で、主人公・光源氏は皇籍を失ってしまいます。天皇になる可能性を断たれた、つまり「いきなりのボロ負け」です。
要点を踏まえて:「須磨・明石」巻
12巻「須磨」、13巻「明石」、光源氏は都にいられなくなり、須磨・明石で3年を過ごします。これ、平安人的には「もう政治家には復帰できないかも」というドン底です。
しかしこの底の底で、光源氏は「勝利の決め手」を手に入れます。土地の女性との間に娘を授かるのです。さらに(都に帰ってからですが)すでに成人した立派なお嬢さんを、養女に迎えることにも成功します。
娘がいないため、これまで権力闘争に「参加すらできなかった」光源氏ですが、ここに来て最強武器を手に入れた訳です。それも2つも。
(平安人的には、「逆境でも適切にふるまって、それ以上の打撃を避けたこと」や、「昔の恋人とも良い関係を維持して、その娘を養女にもらえたこと」は、光源氏の才覚・人徳の成果物です)。
要点を踏まえて:「藤裏葉」巻
第1部のラスト、33巻「藤裏葉」では、光源氏は皇族に復帰します。また、天皇にはさすがになれませんでしたが、天皇に限りなく近い地位まで登り詰めました。「1巻で失ったものを取り返した」大勝利です。
さらに、光源氏の養女はすでに皇后になっており、この巻では実の娘が皇太子のもとへ嫁ぎました。これ、平安人的には「権力闘争に勝利!」です。現世代の権力を手中におさめ、さらに次世代にも王手をかけた状態ですね。
まとめ
現代人が源氏物語を難しく感じるのは、①長い、②あいまい、③常識(価値観)の違い、のためです。
「常識の違い」は特に難しいので、最低限、以下の3点を押さえておいてください。
1)平安人にとって成功とは、「天皇/皇后になること」だった
2)平安人にとって挫折とは、「皇籍や都から出されること」だった
3)平安人にとって権力闘争とは、「娘を皇后にすること」だった
この3つは、源氏物語だけでなく、平安文学(特に中期以降)を読む際には、とても役に立つ知識です。これらをふまえると、「作者が何を伝えたいのか」が解ります。
結論:平安貴族の価値観で照射すると、源氏物語の骨格が見えてくる
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