科学が人の心を優しく溶かす/『八月の銀の雪』(伊予原新)
突然ですが、私は人から「幸せそうだね~悩みなさそう!」と言われると、モヤモヤすることがあります。
確かに、人よりラクな生活をしているのかもしれない。(知らんけど…)
でも、人って決して見えている部分が全部ではない。
人の心は幾重にも重なっている部分があるし、抱えているものや、折り合いをつけてきたことも山ほどある。
誰しも見える部分以外に様々な過去や思いを抱えて生きているのだから、そんな簡単に判断しないで…! と、思いつつも、コミュ障ゆえ決してそんな本音は口には出来ないのですが(笑)💦
心の中で延々と文句をボヤいているめんどくさいババアでありました。
さて、「本屋大賞ノミネート作品勝手に感想書いてみた」企画、本日は4冊目。
今回は、そんな人間の様々な面を、科学と共に繊細に描き出す伊予原新さんの『八月の銀の雪』(新潮社)を読みました。
東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻し、博士課程を修了したという著者。
本作は、迷いながら生きるごく普通の人間たちが、科学や自然と出会うことで、心が救われていく過程が優しく描かれた短編が5つ、収録されています。
最初のお話は、友達のいない就活連敗中の理系大学生が主人公の表題作「八月の銀の雪」。
彼が、「使えないコンビニ店員だ」と思っていたベトナム人のグエンと、ある出来事をきっかけに言葉を交わすようになり、彼女の本当の姿…地震学を学ぶ優秀な大学院生…としての一面を知る過程が綴られています。
人間も地球と同じように層構造のようなもので、表面だけ見ても決してわからず、奥深くにはどんなものを抱えているのか分からないーーという事実がありありと綴られておりグッときました。
コンビニ店員としてのグエンは、愛想はゼロだし、マニュアルの台詞さえろくに発しない。
でも、母国語でない言葉で、「地球の内核にも銀色の雪が降るんだ」とゆっくりと丁寧に説明する時は非常にイキイキとしていたのです。
内核は地球の中にあるもう一つの星。
熱放射の光を取り除けたら、銀色に輝いて見える星。
この星の表面、びっしり全部、銀色の森で、その森には銀色の雪が降っているかもしれないーーという説明はとても幻想的でロマンを感じました。
😀😀😀😀
また3つめのお話「アルノーと檸檬」もとても良かったです!
元劇団員で、現在は、不動産管理会社の契約社員・39歳、独身の正樹が、アパートの取り壊しのため、立ち退き交渉をまとめようと住人のもとへ交渉に出向きます。
そこで居着いてしまったハトにエサをあげている、元水商売の顔を白塗りにした白粉婆(おしろいばばあ)こと、加藤須美江(すみえ)に出会います。
アパートの住人の須美江は、立ち退きを要求するなら、脚首に「アルノー」と書いてある黄色いプラスチックの脚環をした迷子のハトの本当のお家を探すように正樹に迫るのですがーー!?
知らなかったのですが、ハトって帰巣本能がすごいらしいんですね。
訓練されたハトだと、関東地区の鳩舎のハトを、函館まで連れてって、いっせいに放つと、早朝に放てば夕方には戻ってくるそうです…!
ハトや渡り鳥は、磁場を「見ている」という新説もあるらしく、
「鳥は、自分のすみかや故郷の方角を、常に視界の中に意識しているんですよ。そこからどんなに遠く離れたところにいても、帰るべき場所がいつも見えている。そして時期がくれば、何の迷いもなくそこへ向かって飛んでいく。シンプルで、うらやましいような気もしますよ。私にはね」
ーーと、鳥に詳しい人物が説明するシーンは印象的でした。
実は、主人公の正樹は、広島県のレモン農家の出身なのですが、俳優を目指して故郷を飛び出して以来、一度も帰っておらず、レモンの匂いを恨めしく思ってすらいる。
そんな彼が、帰巣本能の強いハトに会って変化していく様子がしみじみと描かれておりました。
😀😀😀😀
本作は他にも、自分の子供に何もしてあげられないと悩む孤独なシングルマザーが博物館で「クジラ」と出会う話や、原発の下請け会社を辞めて福島へと出向く男の話、「珪藻アート」と胸がキュンとする恋の物語などが収録されています。
今まで読んだ本屋大賞ノミネート作品、3作全部そうだったのですが、本作も、一生懸命生きる人間の心情が細やかに描かれていて、どの本の中にも自分が存在してもおかしくない世界が舞台で、「ああこの本は私のために書かれたんだ」と勘違いできる優しさにあふれていました。
なんでこんな絡まってぐちゃぐちゃになった感情をわかってくれるんだろう…と解きほぐしてくれる愛情にあふれているというか。
『八月の銀の雪』も、心の奥深くにもぐりこみながら、自然や動物や科学に目を向けさせ、まだまだ地球にはあなたの知らないことがたくさんたくさんあるよ、それはこれからの生き方のヒントになるかもしれないよ、と教えてくれた気がします。
「本屋大賞ノミネート作品勝手に感想書いてみる」の企画も、あと6冊。
読み終わるのがもったいないと感じるほど楽しい本ばかりで、幸せでちょっと切ないです。
さゆ
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