移住で出会った島風景 小豆島の夜を彩る電照菊ハウス
小豆島へ移住して初めての冬。
温暖な瀬戸内気候であるこの島も、今冬の夜の冷え込みは一段と厳しかったという。
そんな冬の夜に車を走らせると、暗闇にぼんやりと光るビニールハウスを時折見かけることがあった。
光りの正体は、「電照菊」のハウス。
電照菊の産地としてよく知られるのは、愛知県の渥美半島。
私が昨夏に移住したここ、小豆島は、いまでこそ「オリーブの島」として認知されるシーンが増えたが、かつて小豆島は日本有数の電照菊の産地として知られていたそうだ。
小豆島の島内あちこちで見られた電照菊ハウスも、いまでは私の住む土庄町の隣町、小豆島町の池田地区をはじめとしたほんの一部の地域に残るのみで随分少なくなったといい、現在の土庄町内では、今回の取材先である森さん以外に3軒ほどの農家さんが栽培されているのみとのこと。
日本と密接な花、「菊」
現代の日本では、白や黄色の大輪菊は仏花として葬儀や祭壇に供えられる花としてのイメージが強いかもしれないが、「春の桜、秋の菊」というように、菊は昔から日本人に馴染みある、日本を代表する花として親しまれてきた。
皇室の事実上の家紋、日本の在外公館でも使用されており、また、もっと身近なところで言うと、日本のパスポート(日本国旅券)の表紙にも菊花紋章が印刷されている。
日本の文化と切り離せない貴重な花、「菊」。
今回は、島で46年、電照菊栽培を続けて来られた、森和志さんに電照菊づくりの様子を見せていただきながらお話を伺った。
◆プロフィール
森 和志(もり かずし)
電照菊農家
電照菊歴: 46年
出荷ブランド: ほわいとマム
電照菊とは?
この「電照菊」とは、人工的に光をあてることで花芽の形成、開花時期を遅らせる方法で栽培された菊のこと。
これにより、出荷時期を調整しながら、基準を満たした高品質な輪菊を安定的に出荷することができるという。
菊を電照して栽培する理由
菊には、日照時間が短くなると花芽をつくり、蕾となり開花する性質があるという。
花芽を形成してしまった菊は、そこから蕾へと成長し開花していく。
記事内で後述するが、輪菊を出荷するには基準を満たした状態で出荷しなければならない。
そのため、ある程度の丈の長さ、茎の太さにするには、最低限の栽培日数をかける必要があるそうだ。
輪菊の出荷を見学!
本記事の取材時(2022年1月下旬)は、電照菊の出荷シーズン。
この日、森さんが出荷される菊は「神馬」という、菊の中では古くからあるスタンダードな品種。
土庄町の北西、馬越地区にある森さんの電照菊ハウスへ伺い、出荷の様子を見せていただいた。
取材させていただいた森さんのハウスは100坪。
約13,000本の輪菊が栽培されている。
今回取材させていただいたこのハウスの他にも、町内に別のハウスがあり、そこでも電照菊を栽培されているそうだ。
私たちがイメージする「菊」は、開花した状態のもの。
しかし、出荷時の輪菊は写真のような蕾の状態で摘まれていく。
「今年の冬は寒いなぁ。」
取材直前の2週間ほどは地元の人たちも毎日こう呟くほどに冷え込みが激しく、気温がなかなか上がらなかった。
そのため、出荷時期が少しズレ込んだと森さんは言う。
等間隔にハウスいっぱいに栽培される出荷直前の輪菊。
私たち一般消費者が認知しているそれよりも、圧倒的に丈が長いことにびっくり!
写真の菊は、1m15cm(=115cm)程度。
身長156cmの私と並んでもわかるように、結構な丈感である。
輪菊の出荷規定サイズは90cmなので、このくらいの丈まで育て、出荷時に地面上の茎をカット。
作業場の機械を使って90cmの長さにカットしてから出荷する。
出荷シーズン中、森さんが1日に摘む輪菊は、1,500〜2,000本。
月曜と金曜の市場での販売に合わせ、日曜と木曜に出荷するためにこの量の菊を毎日摘んでいるという森さん。
3時間もかからずあっという間に摘み終わるというのだから、電照菊栽培一筋46年の職人技はやはり1日にして成らず!である。
出荷作業の仕上げは、森さんのご自宅に併設された作業場で。
昔は手作業で振り分けたり、束にしていたが、いまでは機械を使える工程も増えて、その作業は随分楽になったという。
日本のセレモニー市場に欠かせない白菊
取材後に森さんからお借りした菊のパンフレット(業界向けのものを特別にお借りできたので、相当数の品種の菊が掲載されている)を眺めると、今回取材させていただいた「大輪」というカテゴリの他に、小菊、夏秋系スプレー、秋系スプレー、ポットマムなど、葬儀や仏花向けだけでなく、観賞用の洋菊も掲載されていた。
個人的な話になるが、時間ができた週末には、お花屋さんで季節の花を調達している私。
この取材をきっかけにキク科のお花を意識してみると、マーガレット、スプレー菊(ポンポン)、マトリカリアなど、普段飾っていた中にもキク科のお花がちらほらあったことに気づいた。
森さんたちが育てる輪菊は、主に葬儀で使用される白い菊のみ。
仏式が多い日本の葬儀において、昔から白い菊は欠かせない。
「市場からも『日本の葬儀にはやっぱり菊が必要だ』と言われる」
森さんはそう言う。
そういえば、私自身の記憶を辿っても、菊が飾られていなかった日本の葬儀はなかったように思う。
「うちの娘なんか『この白い菊持って帰れ』って言っても、持って帰らんもん。『葬儀をイメージするから』って。」
「白い菊=葬儀」のイメージが強いため、この白い菊自体に多くの人々はポジティブな印象がないかもしれない。
しかし、葬儀のスタイルが多様化している昨今においても、日本の文化背景から圧倒的に需要があるのは白菊だという。
森さんのような全国の菊農家さんたちが、日本のセレモニー市場を陰で支えてくださっていることを、今回の取材で初めて知ることができた。
輪菊の苗を育てる
出荷される輪菊を摘み終えた後、先程のハウスの並び、一番奥にある苗専用のハウスへ森さんが案内してくださった。
ここでは「精の一世」という、先程収穫した「神馬」とは別品種の苗の親株を育てていた。
ハウスに植えられていた親株は、昨年12月10日頃に植えられたもの。
仕入れた親株をひとつひとつ、森さんと奥様のおふたりで丁寧に植えていったという。
「ここからあと2週間くらいで、このくらいになる。」
たった2週間ほどでも、下の写真で森さんが手で示すくらいの高さまで成長するというのだから、菊の成長はとってもハイスピードなことがわかる。
ここで育てられていたのは、約5,000本の輪菊の親株。
親株がある程度成長した時点で苗を摘み取り、先程の出荷用ハウスに等間隔で定植(=植えつけ)。摘み取った親株からまた新たな苗が出てきたら、同様に摘み取り、出荷用ハウスへ定植。一度購入した親株から4回ほどこの作業を繰り返し、菊の苗を増やしていく。
このハウスの5,000本の親株と、別のハウスで栽培中の親株から、5月から11月頃までの出荷分の菊が採れるという。
写真よりももう少し大きくなったら苗を摘み取り、これを先程の出荷用のハウスへ定植(=植える)。
摘み取った場所からさらに「未来の苗」となる芽が出ているところがこちら。
1本の親株から3〜4回分の苗がとれるそう。
電照菊ハウスでは、蛍光灯で光を当てている。
専用電球(電球写真1枚目)に、ときたま家庭用の電球(電球写真2枚目)も混ざっているところに親近感が湧いてしまう。
菊の栽培では、日照時間と室温のコントロールが要となる。
この日のハウス内の温度は17〜18℃。
ハウス内の室温が一定以下に冷え込んだ際にボイラーが回るよう、温度を設定しているという。
栽培に最も適した環境で苗を育てていくことで、安定的に菊を出荷できるのだ。
ここまでで菊の成長スピードの速さについてお伝えしたが、実は苗から出荷サイズになるまでは、そこそこ時間をかけないとならないのだという。
森さんに詳しく伺ったところ、今回の取材で出荷される菊は、苗から約110日かけて育てられたもの。それ以下の栽培期間では育った菊が細く、商品価値が下がってしまうそうだ。
約3ヶ月半という時間を丁寧にかけて栽培されたのが、この電照菊なのである。
なぜ電照菊づくりを始めることに?
電照菊一筋46年、の森さん。
菊づくりとの出会いは、森さんが高校卒業後のこと。
高校が農業科だったため、高校在学中に県外の各種農家さんの元へ1ヶ月の研修に行く機会があり、その際に森さんが研修先としてお世話になったのが奈良県の菊農家さんだった。
その出会いがきっかけで、農業高校を卒業した森さんは、奈良県の菊農家へ2年間の研修に行くこととなる。
研修が終わり島へ戻った森さんは、二十歳で就農。
奈良県の研修先で一緒だった高校の先輩、福家さんに教わりながら、手探りで菊づくりを始めた。
その後も先輩である福家さんとは、電照菊の本場である愛知県を視察するなど、長年に渡り共に電照菊づくりを学んできたという。
「電照菊は愛知県が本場やからな。
愛知の人に相当お世話になって、今でも付き合いさしてもらうんやけど。
福家《ふけ》さんにもいろいろ教えてもらったな。」
小豆島では、冒頭で触れた小豆島町(旧:池田町)の池田地区が、島内で最初に電照菊を始め、池田地区ではあちこちで、土庄町内でも10軒ほどの電照菊ハウスを見かけた時代があったという。
しかし、現在では電照菊だけで生計を立てている農家さんはおそらく島内でも4〜5軒程度ではないか、と森さんは語る。
「電照菊やっとる若い子、おらんもん。(笑)
ひとりだけかな、若い子。
あとは、わしらの年代ぐらい。」
先日の文次郎農園の太田さんのお話にもあったように、島の農家さんたちが直面している後継者問題は森さんの携わる電照菊も例外ではないという。
こうして少しずつ消えつつある技法を今でも大切に守り続けながら、日本の慣習に不可欠な白菊を育ててくださる森さんや菊栽培農家のみなさんに、改めて感謝をお伝えしたい。
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■ Special Thanks(敬称略)
森 和志
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・これまで住んでいた台湾、オーストラリア、トルコなど海外で気づいたこと
・東京出身の私が移住した小豆島のこと
・個人の活動と並行して携わらせていただいている地域おこし協力隊のこと
・30代の私が直面している親の老後や介護のこと
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