父に送った、娘のエゴが詰まった人生の授業
私の父親は今、幸せに生きられていない。
そう気づいてから約1年が経った。
仕事の話をしていても、
休日を迎えても、
父は暗い顔や怒った顔をしていて。
父が小さい頃に私に向けてくれていた笑顔は、
いつしかドラマを映し出すテレビにしか向けられなくなっていた。
「父はいつか生きていてよかった、と思えるのだろうか。」
「私たち家族は、何のために一緒に生活をしているのだろうか。」
「一緒にいて幸せを感じられないなら、一緒に生活をする意味はあるのだろうか。」
家にいるとこんな思いと絶望感が頭を占拠していた。
だから自分なりにこの1年間、
父が今どんなことを考えているのか、
自分や母がどんなことを父に望んでいるのか、
父と対話という名の喧嘩を幾度となくしてきた。
実際、父自身も自分が今幸せではない
という感覚をどこかで覚えているようで、
それを娘に指摘されるのだからたまったもんじゃない。
父としてのメンツが丸潰れだろう。
けれど。
「最近、自分から暴言やマイナスの言葉を吐くことは無くなったんだ」
という父の発言を聞いた私は、
その言葉の真意を読み解き、
「父が家族と幸せに生きていくにはどうすればいいのか?」を
解説していた。
というより、気づいたら紙とペンを持って解説してしまっていた。。。
そんなある日のお話。
人と感情の話1
まずは幸せではない現在の状態、幸せであるという理想の状態とはどういうことかを整理しよう。
* * *
1人の人間を箱で表すとする。
箱の中が1人の人間の内側で、箱の中が人間の外側。
箱の境界線は体の皮膚の部分である。
人間は大きく分けて2種類の球を持っていて、
ひとつは白い玉、もうひとつは黒い玉。
白い玉は愛情・感謝など、プラスの感情で出来ている。
黒い玉は怒り・嫉妬・嫌悪・妬みなど、マイナスの感情で出来ている。
ここまでが人と感情の前提のお話。
さて、この話のきっかけとなった父の発言、
「自分から暴言を吐かなくなった(けど他の人から何かを言われると傷つけることを言ってしまう)」
という状態について考えてみよう。
そもそも、人間と感情のあり方は大きく分けて4種類である。
1:外的要因がなく、自ら暴言を吐く状態
外から黒い球が来なくても、
常に自分という箱の中から黒い球を外に出すこととなる。
2:外的要因があったときに、自ら暴言を吐く状態
外から黒い球が来たときに、
その刺激に反応して自分の箱の中から黒い球を外に出すこととなる。
3:外的要因があっても暴言を吐かない状態
外から黒い球が来たときに、
その刺激に反応せず自分の箱の中から黒い球を外に出さないことである。
4:外的要因があっても暴言を吐かず、優しく接せられる状態
外から黒い球が来たときに、
その刺激に反応せず自分の箱の中から黒い球を外に出さず、
代わりに白い球を出すことである。
この状態の時、人は「幸せ」「心地よい」と感じる。
この4段階のうち、人が幸せだと感じられる理想な状態は4である。
そして、父が言っていた
「自分から暴言を吐かなくなった(けど他の人から何かを言われると傷つけることを言ってしまう)」
という状態は2だ。
人と人との関係性の話
次に、自分の他にもうひとり登場人物が増えた時(夫婦、親子、カップル、友人、先輩後輩間…)のことを考えてみよう。
人は「されて嫌なこと」「されて嫌ではないこと」の基準を
各々で持っていて、それを別名価値観と言ったりする。
そのため、誰かと関わる際には必ず
お互いに「されて嫌ではないこと」「されたら嫌なこと」が違う
という状態が生まれる。
この基準が違うので、例えば私の両親ではこのようなすれ違いが起こる。
この場合、例えば父が外食を提案したら次のようになる。
お互い違う人間なんだから、されて嫌なことの基準は違うのは当然だ。
だから結婚を前提にお付き合いする時には、生きる上で外せない基準が
近い人を選ぶことが多いのかもしれない。
(はたまた、そうじゃないかもしれない)
けれど、この世に「されて嫌なこと」「されて嫌ではないこと」が全て同じ人なんていない。
だったら。
基準が違う2人が、2人で心地よく生きていく(=幸せになる)ためにはどうすれば良いのか。
それは2人の基準、つまり妥協点を新たに作ることである。
そして、2人の基準を作る際には以下のプロセスを踏むことが必要だ。
ちなみに、2人の基準を作る際にやることは
・自分の考えを相手に伝える
・相手の考えを聞き、理解する
・一緒に妥協点を探す
こと。
逆に、2人の基準を作る際にやってはいけないことは
・どちらかが我慢する
・相手の思いを見ないふりする
・相手の思いを察して、本当の思いを確認しない
ことである。
こうして2人の基準を作るように話し合っていくと、
AとBという基準を持っていた2人が
CやDという新たな基準に落ち着くことが往々にしてある。
そして「相手の考えを聞き、一緒に妥協点を探す」ときに必要なのが、
自分の中から黒い球を出すのをやめ、白い球を出す
ということだ。
なぜなら、黒い球を出すときには人は感情的になっていて
冷静に最良の判断ができないから。
そして、白い球を出すときには人は相手を理解しようと
ベストな選択肢を必死に探すからだ。
つまり、誰かと一緒に幸せになる時
「4:外的要因があっても暴言を吐かず、優しく接せられる状態」
を自分の中に持つことが必要になるんだ。
人と感情の話2
さあ、これまでの話から誰かと生きるには
「④外的要因があっても暴言を吐かず、優しく接せられる状態」を
自分の中に持つことが必要ということが分かった。
それでは最後に、
「4:外的要因があっても暴言を吐かず、優しく接せられる状態」を自分の中に持つためにどうすればいいのかを考えていこう。
序盤で出てきた人と感情の話1から、
4:外的要因があっても暴言を吐かず、優しく接せられる状態
=黒い球が来た時に黒い球を出さず、白い球を出すこと
なので、
自分自身、そして誰かと一緒に幸せになるために
「黒い球を出さず、白い球を出す」状態の作り方を考えていこうと思う。
1 黒い球を出さない状態を作る
黒い球を出さないためにすることは、
「黒い球を減らす」というシンプルなことだ。
黒い球を減らすことで、黒い球が外に出る確率を減らすという訳。
自分の内側にある黒い球は
人によって「怒り・嫉妬・嫌悪・妬み・不安・不満」などと
性質が違うので、人によって減らし方も違う。
だから、自分の減らし方を見つけてゆく他ない。
自分なりに減らし方を見つけるには、
「こうしたら減らせるんだ!」という気付きを
今まで経験していないことを行い(=新たな経験)、得ることが必要となる。
なぜなら、今までの経験から
黒い球を減らすための気付きが得られていたならば、
すでに黒い球を減らすことが出来ていて幸せに生きられているからだ。
だから、黒い球を減らすためには
これからの自身の経験によって気付きを得ることが必要だ。
2 白い球を出す状態を作る
白い球を出すにすることは、
「白い球を増やし、外に出す」
ということだ。
白い球を増やすには、自分自身を大切にすること、
つまり、自分を認めて、感謝して、愛することが必要である。
結局、これに尽きる。
自分自身を大切にできていれば心に余裕が生まれ、
相手のことも大切にしようと思うからだ。
白い球を外に出すためには、白い球を増やし続けることが必要だ。
そうすることで、いつか自分の外側に白い球が溢れ出るようになり、
結果的に白い球を外に出せるようになっている。
そして最後に。
結局のところ、黒い球の減らし方も白い球の増やし方も
正解は自分で探していくことになる。
だから、この話を念頭に置いて
日々色々な経験を積むことで色んな気付きを得て、
自分を大切に思えるようになってほしい。
また、この白黒の球の増減の過程を
ぜひ楽しんでほしい。
人生は1度きりだから。
さいごに
この話は、実際に3週間前に父に話した話をできるだけ忠実に書いたものです。
* * *
社会人になった今、ここまで育ててくれた父に感謝することはたくさんあります。
仕事で疲れていても、休日には家の前で一緒に遊んでくれたこと。
中学受験を控えて塾に通っていた頃、毎日仕事終わりの夜遅くに塾まで迎えに来てくれたこと。
自営業でなかなか不安定ながらも、バイオリンや水泳、塾、ピアノ、中高一貫校への進学、サッカー、大学進学、休学など様々な経験を不自由なく積ませてくれたこと。
なかなかガチャポンをやらせてくれない母に隠れて、心ゆくまでガチャポンをやらせてくれたこと。
自分のやりたいことに理不尽にだめだと言わず、いつもやってみなさいと言ってくれたこと。
改めて、不器用で頑固な父なりに愛情を示してきたんだと思います。
だけど今は、
なかなか幸せに生きられていない父の印象が脳裏に強烈に残っていて、
父親の愛情を感じられる過去の記憶を忘れそうになっていて、
尊敬するよりも反面教師にしようとしていて、
素直に感謝したり、尊敬できない。
けれど望むことなら、
この世でたった一人の父親だから
幸せになってほしいし
感謝して尊敬して大好きでいたい。
だから、普通に考えて娘に言われたらプライドが傷つくだろう、
ここのnoteに書いたことを父に伝える機会を作りました。
もしかしたらここまで読んでくださった方の中で
親に素直に感謝できなかったり、尊敬できない気持ちが分からない方もいるかも知れません。
この気持ちを分かって欲しい、とは思わないので
「親に素直に感謝できなかったり、尊敬できない人もいるんだな。」
という認識を、頭の片隅に置いてくれると嬉しいです。
それでは。
幸せになってくれよ、お父さん。
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