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離婚式 28
電磁防壁の密室にいる。
密室なのに気分は楽だ。
我々θの担当官は常日頃、大蔵省の監視下にある。常に行動は監視され政府機関のデータバンクに記録されている。
調査対象とする被疑者のデータを読む限り、同様の監視下にあるというのは想像できる。だが担当官の立場は、被疑者どころではない。脳幹に埋めこまれた脳核チップにより、思考した内容も記録されている。厳密にいえば思想の自由すらない。
その代償として、破格なクレジットがデジタル通貨口座に蓄積するわけだ。
しかし政府機関はキーひとつで、その電子通貨は0にすることも出来る。あの世界大戦の記憶は、未だにかさぶたの下で蠢く生傷だ。
このセーフルームで専用タブレットを起動している、この時間だけは自由になれる。これは機密保持のため、起動すると悪性ウィルスを周囲の電子機器にばら撒くのだ。
おれはデスクから白紙を取り出した。
電子ペンを毛筆モードにして、その紙に神崎真と記入して実印をついた。その紙を注視すると実印に反応して、視界にポジションマークが出現する。
その枠内に収まるよう実印を睨み、今まで考えていた文書に封印を行う。認識して遺言状は脳核チップに収められ、認証音が脳内に響いた。
この遺言はもう裁判所以外には開封できない。
憲法を信じられるならば。
遺産譲渡の遺言状だった。
デジタル通貨は当てにならない。担当官であるおれ自身が痛感している。世界は『金』本位制に移行している。
金属の蓄積量が富の本幹という考え方だ。
しかも戦争になれば、金属量が物を言う。
いかに国民から金属を徴収するか、大蔵省の先輩方は思考した。
デジタル社会を推し進め、ネットの檻で視野狭窄に国民を追い込む。自由な婚姻という幻想を染み込ませて、婚姻制度を崩していく。
婚姻制度を崩壊させるために何をしたか。
夫婦別姓も同性婚も、女性自認すら法制化し、かつ婚姻を無責任にする。自由な恋愛が是という社会認識だ。中学生のような稚拙な諍いでも、離婚届はメールで送信され簡易に受理される。
婚姻を縛るのは、離婚保険に掛けられた貴金属、重金属、高価な遷移金属の付加価値のみだ。
離婚が成立するとそれは国庫に入り、いわゆる被害者側にはクレジット通貨で慰謝料が振り込まれる。つまり価値の薄いカネだ。
生命の本源的な欲求に課税する、見事な仕組みだと思う。国民は課税されている認識はない。