Showroom ♯腐れ縁だから
アームチェアで膝を組んでいる。
イームズのシェルアームチェアで、座面は織地で肌触りがよいものを選んでいる。サイズは大振りでも足が金属の交差したトラスフレームになっていて、模様替えで移動するのも手軽だ。売り物ではなくて商談用に置くのだが、そのチェアで長時間をすごしたクライアントはオーダー率が高い。
棘のある女だ、というのが第一印象だった。
まさか仕事場にまで来るとは思わなかった。
それを唇に微笑みを置いて、顎を右手の親指で支えている。彼女がロングを下ろしているのは初めて見た。それを首元でバンスクリップでまとめている。腐れ縁だからともいえばそれだけだが、長い付き合いで驚かされることばかりだと思った。
「いいOfficeね」
そう言いながら視線を外すことはない。
贅沢に空間をとったShowroomに、照明は半分が落とされていた。平日の午後には来客が少ないし、今日は予約などは入っていない。このデスク上の北欧のペンダントライトが下がっているだけだ。その証明から茜色の光がグラデーションになって降り注いでいる。
「でもここは冷えるわね」
「ああ、基本的に倉庫だからな」
ことんと音を立てて、パンプスが倒れた。細いピンヒールが血の色のような色をしている。いつの間にか右脚のそれを脱いでいた。
「空間プランナーだなんて、そんな職業が貴方に似合うのかしらって、最初は思っていたわ」
彼女が抱いた第一印象は、後で詰問してやろうと思った。
それが出来なかったのは、彼女の足が私の右腿に乗せられているからだ。ひやりと冷たいそれは広網目のストッキングに包まれているが、素肌の色が透けている。
「・・ちょっと」
「お客さんの予定は入っているの?」
「今日はいないけど」
「温めて欲しいのよ。寒かったし、ちょっと攻めた靴で来ちゃったからむくんできたの」
小首を傾ける、ねぇいいでしょという仕草だった。
私は両手でそれを包んだ。氷でできた彫像の足首を抱擁している気がする。とても血流が回っているとは思えない。
「その先は、ないの」
「その先って」
笑い声が弾けた。
「まず足先にkissから始めないの」
「生憎と女王様への忠誠は、指先のkissと決めている」
さらに女は艶美な溜息をついた。
それで私は解答の誤りを知った。
「忠誠ってのは欲しくないな」直後に言葉を繋いできた。「それに女王様でもないし」
だけど。
そのパンプスの棘で、幾多の男を刺してきたんだろうな、と思った。
ただそこにkissをするのはご遠慮したい。
肌には棘よりも毒があるのは間違いない。