二気筒と眠る 8
旅は道連れ、世は情け。
その言葉に真贋を疑わない。そんな最後の時代だったのかもしれない。
豊後半島を抜けて、リアス海岸沿いの湾岸線を南へ下りていっていた。
CBは快調さを取り戻し、観光農園での季節労働で懐も余裕がある。
しかも大好きな秋が迫っている。
ただ南へと向かう道程では、夏の尻尾を追いかけているようで、日中は炎天下のままだった。
そんな日の午後のこと。
路肩に停車している軽バンがあった。
屋根は白でボディはえんじ色。丸目にメッキの睫毛のある可愛いモデルだ。その車の脇に途方に暮れた女性がいた。走り抜ける車群に視線を送っていて、その瞳の切実さにCBを路肩に寄せた。
「どうかしたんですかー?」
「車が止まっちゃったの。エンジンが。それで連絡しないといけないんだけど、電波の入りが悪いのよ、ここ」
ジャケットからPHSを取り出しすと、奇跡的にアンテナが立っている。海沿いのどの家かが、基地局のアンテナを設置したのかもしれない。
教えられた公民館の番号に電話して、1時間は遅延するという内容で伝言した。
「連絡したわ、クルマは大丈夫?」
「ああ、もうセルも回らない!」
「・・・押しがけする?」
「やったことないわ」
そこへ油染みた青ツナギを着こなした青年が、軽トラで現れた。彼女には白馬の王子様に見えたことだろう。
「あ、これ。バッテリーかオルタネーターの不具合やね。牽引しよか?」
「すみません、寄りたい場所があるんです。そこまで運んでから。明日、工場にお願いします」
王子様よりも約束を大事にする女は、嫌いじゃない。
木造の窓枠がある公民館。
玄関の引き戸さえ木造だ。
その前庭には手入れされた樹々が並んでいる。
えんじ色のバンから、大きな緑色のパラソルが引き出され、丸テーブルが置かれた。隣には長テーブルが用意されていて、敬老会だろうか、妙齢の方々が皺皺の唇で話し込んでいた。
狼狽の顔色をすっかり塗り替えた、奈津子の側でカップを並べていた。どういう成り行きなんだろう、彼女ひとりを残してはいけない気がする。
意思の強さを感じる眼、刈り込んだ髪、そのくせ肉感のある唇、ボランティアに勤しんでいるタイプには見えない。
「ごめんなさいね。すっかり巻き込んじゃって」
目を寄せながら奈津子は慎重に、珈琲豆を計量していた。
もう目線で了解した。左手に手提げ籠を抱えて、彼女の手づくりのクッキーを皆さんに配って回った。途端に耳慣れない音域で、早口の声が四方から飛び交ってきた。
愛想笑いと小首を傾げながら。
それをやり過ごす黒革の女子。
白雪姫の小人にも見えるかな。