二気筒と眠る 17
娘さんが産気づいた、という連絡を受けた。
急遽、女将さんは一緒に産科に向うという。
寝床のなかで受けた連絡では、その日は私と中居さんだけで、民宿と牛舎を見ることになった。
牛舎のバイトのおばさんも民宿に入るというので、牛舎の仕事の大半は私の責任において、やる。そこまで信頼されていては、心底やりたい、と思った。
かかりの悪い早朝の空冷CBに、鞭のようにキックスタートをかけて。
自分の心根も叱咤しているにも思えた。
朝イチで牛舎に入り、寝藁を交換する。糞臭がするが草食動物なのでまだ穏やかだ。ヘッドロックには水飲みトレイがあって、盛んに舌を伸ばして舐め取って空腹を抑えているようだ。
そして飼い葉をロールから出して積み上げ、朝食の準備をする。
専用のヘッドロック枠を牛たちは熟知していて、自らの居場所に首を出して盛んに嘶いている。
一頭が声を上げると、次々に重ねて輪唱している。
まるで交響曲のようだわ。
ああ、ああ、慌てないで。
今日は私ひとりだからね。
その飼い葉おけへ一気に熟成した藁をバゲットから流し込む。この作業が延々と続く。一段落したので、次は民宿のお手伝いに向かおう。
出石には思わず長居している。
それでちょっと贅沢をしてる。
出石を含む豊岡市は人口8万人の地方都市だけど、こじんまりとした市街にぎゅっと色んなものが凝集していた。
なかでもカバンストリートという市街があって。様々な鞄がこの町で生産されている。
そこで空冷CBのタンデムシートに合わせたダッフルバッグを注文していた。色もくすんだ若葉色を選んで、容量もポケット数も決めた。
防水処理をした帆布だけど、きっと大雨では中身が濡れてしまうことは覚悟している。雨天時には、荷物をビニール袋に包んで入れるつもり。
でも世界にひとつだけの鞄は欲しい。
想い出さえ持ち帰ることのできる鞄。
夢を詰め込む魔法の鞄が欲しかった。
夜半になってひと段落して。
病院に会いに来ない?と女将さんから連絡を受けた。
それで民宿からCBで夜の豊岡市街へ出かけていく。
緑色の夜間出入口の灯元で手を振る姿が見えた。もう民宿での制服のような割烹着姿の女将さんだ。離れた場所からエンジンを切って押していく。女将さんが唇の前に指をあてて、身振りでしぃーっと言っているからだ。
そういえば。豊岡ってコウノトリで有名な場所だった。
赤ちゃんにも夢にも恵まれる場所かもしれない。